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『82年生まれ、キム・ジヨン』

なんの広告で見たのだったか、「これは私の物語だ」というキャッチコピーがついていた。

なんとなく、その内容を予想した。結果として、予想はあらかた当たったいた。

気になったのは、まさに私自身が「82年生まれ」だから(プロフィールでアラフォーとかぼかした意味がないカミングアウト)。

「これは私の物語」。いろんな本や映画につく、使い古されたこのフレーズ。この本に関して言えば、偽りはなかったなと思います。

「これは私の物語」。でした。

■あのときの私って、被害者だったんだな

「キム・ジヨン」は1982年に韓国で生まれた女の子のなかで一番多い名前だそう。物語は、子育て中で、平凡な女性に見えるキム・ジヨンが、急に実母や友人が乗り移ったような行動をとり始め、夫が狼狽するところから始まる。彼女の症状の原因を探るために、彼女の過去や、その母であるオ・ミスクの生い立ちまでを振り返る形で物語は進んでいく。

正直、「この作品はフェミニズム小説である」という前提をはっきりと知らずに読んだんですが、私にとってはそれが良かった気がする。物語がどこに着地するかわからないまま、ただただ、キム・ジヨンの過ごす幼少期、学生時代、会社員時代のエピソードに、単なる共感では言い尽くせない苛立ちと悲しみを覚えながら読み進めた。学校のなかで当然のように行われている男女差別だったり、痴漢などの性的な被害だったり、就職活動における不利益な扱いだったり、出産や子育てにまつわる男女の立場の不均衡だったり。キム・ジヨン(=女性)がずっと抱えて来ざるを得なかった「女性としての辛さ」が、淡々と、着実に積み重ねられていく。

この本の一番のすごさは「そうそう、女性ってそういう嫌な思いしてるよね!」みたいな、女性同士の愚痴の言い合いの延長線上に留まっていないところ。

あ、これまで自覚してこなかったけれど、あの出来事において、私は女性であるというただ一点のみの理由で、貶められていたんだな」という衝撃を各所でもたらすところだと思う。韓国と日本で違う部分はもちろんあるけれど、女性がリアルな日常で感じている違和感や不公平感や葛藤はめちゃくちゃ共通性があって、それをめちゃくちゃわかりやすく言語化してくれている。

特につらいなと思いながら読んだエピソードは以下。

高校生のキム・ジヨンが予備校帰りで遅くなった日。夜の暗いバス停で顔も名前も知らない男子生徒(実は予備校で後ろの席で、普通の対応をしていたのに一方的に好意があると思われていた)に絡まれ、最寄りの停留所までつけてこられた。たまたまバスに同乗していた女性が助けてくれたが、その後、キム・ジヨンは予備校を辞め、暗くなってから停留所の近くに行くことができなくなった。

もうかなり直接的な恐怖ですよね。

・自分の身体では勝てない相手

・暗闇

・他の人がいない状況

この3拍子揃って恐怖を感じない人は男女問わずいないのでは。学生時代や若い頃の自分に降りかかった近しい出来事がさまざまにフラッシュバックしました。

久々に思い出したけど、大学時代にバイトで家庭教師に行った後、雨の夜のバス停で待ってたら「送ってあげるよ」っておじさんが車を停めて近寄ってきたんですよね。他に人もいなくて、おじさんをいなしながらバスが来るまでの10分くらいは、地獄のように長かった。そのときのドクドクいってる心臓音や冷や汗の感覚がリアルに甦りました。

特につらいなエピソード、もう一つはこれ。

学生時代にサボっていたわけでもないのに、就職活動に苦労し、面接でもセクハラまがいの質問を受け続ける。

これも身につまされすぎる。就職氷河期の最後の世代なんで。

正直、同じ大学で同じ学科で、大学時代やってたこともそんなに変わらないような男友達と比べても、めちゃめちゃ落ちてたな。あるとき、実家で弱音を吐いたら父親に言われたのが「地方出身の女子学生ってのは、企業にとってみればある意味リスクなんだよ」。もちろんそれが良いことではないけれど、というニュアンスは含んでいたけど、なんというか、現実を突きつけられた一言でした。

結論。男も読め。ていうか男が読め。

これに尽きる。電子書籍で買っちゃったのを後悔している。

紙の本だったらその辺に置いておいて、うっかり夫が読めばいいと思っている。夫はかなり現代的な考えのほうだと思うし、家のことも子どものこともやるし、今に不満があるというわけではなく、これから一緒に生きていくうえで、こういう思いをしてきている女性の一人、という認識をもってもらえたら、私がもう少し息を吸いやすくなれるんじゃないかと思ったから。

だから、この感想をまかり間違って読んだ奇特な男性がいるのならば、ぜひ読んでください。

「これはあなたの彼女の物語」

「これはあなたの妻の物語」

「これはあなたの娘の物語」

だから。




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