【性教育奮闘記③】叶わなかった性教育の実施
このままだと堂々巡り、
じゃあ責任者だけではなくて性教育を不安に思っている先生たちとも話し合う必要があるなと思いました。
「職員会議に出席させて下さい」
と責任者へダメ元でメールしてみました。
「◯/○に職員会議があります。ご都合いかがですか?」
と意外にもあっさり出席OKの返事が返ってきて、職員会議に出席することになりました。
先生たちからの尋問
再びA高校へ足を運びました。職員会議と聞いていたので、会議室でお話し合いのつもりでわたしは行きました。
しかし会議室に入った瞬間、ぎょっとしたのが
上座にポツンと席が1席
下座側に先生集団10人程度がだーんと席についており、会議というよりも尋問場にきたかのような雰囲気でした。
私は責任者に上座のポツンとした席に案内され
「さあ、話をしてください」
と言われました。
あ、、尋問の上に司会進行も両方務めないといけない感じね、、、うう、、思うところは沢山あるが受けてやろうじゃないか!という不安と不満とよくわからない勝負心が湧いてきました。
まずは自己紹介と、性教育をどうしてやらせて欲しいかを先生たちに以下の通りに説明しました。
加えて、A高校のために作成した性教育に使用する冊子も配布しました。
※冊子が気になる方はよかったらこちらもご一読下さい↓
教員から見た生徒像と、助産師から見た生徒像
先生たちは冊子を見ながら私の話を聞き、シーン、、、。
そして心理カウンセラーの先生が口を開き出しました。
「おすぎさんの行いたい性教育は、高校生向きというよりも大学生向きのように思えます。行うとしたら高校3年生を対象にして、受験が終わり大学進学前の子たちにワクチンのように行うのはいかがでしょうか?A高校は性のことりも、みんな進路のことを不安に思っている子がほとんどで、こういった話にはあまり意識がいっていないと思います。また、前回も言ったみたいに、性交渉よりも性被害にあうことを心配している生徒がほとんどです。性被害に関するお話の方がA高校の生徒たちにとって需要が高いです。」
鋭い意見は多いものの、性教育を行うことについては決して否定してはいない意見。この先生は話し合えば分かり合える気がする、、
私は以下の通りにお返事しました。
「ご意見ありがとうございます。確かに、今の日本の現状ではこの内容は大学生向きと捉えられてしまうかもしれません。ですが、ユネスコの教育指針ではこれらの教育を性交同意年齢までに行うことを推奨しています。日本の性交同意年齢は13歳(当時は法改正前で13歳でした)で、むしろ高校生でこの内容を行うのは教育指針的には遅すぎるし、生徒さんがみんな大学に進学するとは限らず、高校で教育を終え、社会人になる生徒もいるかもしれません。しっかり教育機関にいるうちに教えるべきだと思います。
また、わたしはSANEとして活動するなかで、性被害にあった被害者を支援してきました。加害者は性の知識がない人をターゲットにして、自分の加害を上手くカモフラージュしているのが性被害の実態です。被害を回避するためには性教育を受けて、正しい性の知識を身につけることが何よりも重要なのです。しかし、A高校においても各科目のスケジュールの兼ね合いもあるかと思いますので、高校3年生を対象に性教育をさせていただけるとのことでしたら、喜んでさせていただきたいと思います。」
そして次に数学の女性の先生が口を開きました。
「わたしは以前、複雑な家庭の事情を抱えた生徒たちのいる学校で勤めていた経験がありまして、おすぎさんのいう性教育をしっかりしないといけない意見はすごくわかります。
でも、性交年齢って16歳に今後引き上げられますよね?そんなに焦って性教育を早くからしなくてもいいと思うし、このおすぎさんの内容は小さい頃からちゃんと性教育を受けてきた子たちには通用するかもしれませんが、うちの性に苦手意識の強い生徒たちに話してもキツイと思います。ユネスコでそういう指針になっているからといって、いきなりやるのは生徒たちにとってキツイと思います。
うちの保健体育の授業、結構性教育きちんとやっている方だと思いますよ。生徒たちにちゃんと性の話を授業で聞きなさいと言い聞かせていますが、聞きたくないという生徒、すごく多いんです。私たちも頑張っていますが、生徒たちはあまり性のこと、聞きたがらないと思います。
まず、やるのでしたらおすぎさんが行おうとする性教育の項目をエクセルかなにかでリストにまとめて、こちらで行っている保健体育の内容と擦り合わせて進めていくのはどうでしょうか?」
性交年齢が16歳になるから焦らなくていい?はいー?!、、引き上げられるから性教育をやらなくていい理由にはならないと思いますが、、
という私の心の声は押し留め、私は以下のようにお返事しました。
「確かに性交年齢は引き上げられますが、まだ13歳であるのも事実です。また、16歳に引き上げられたとしても、16歳は高校1年生にあたる年齢で、高校1年生で性被害にあったら自分たちで被害に遭ったと声を上げないと被害が認められないことになります。なので、性交年齢が引き上げられたとしても、高校1年生になる前に性教育を受けていないと生徒さんたちの身の安全を守れないのです。
また、生徒さんたちは性に関して苦手意識が強く、授業を受けるのがキツイということですが、生徒さんたちには性教育がどうして必要であるのかといった性教育の目的を説明したうえで、授業は行っていますか?
日本の保健体育の教科書は性に関する項目は断片的にしか扱っていないので、生徒さんたちには突然下ネタを話し出した!と受け取られてもおかしくない内容なのです。そのため、助産師であるわたしの視点も兼ね備えて性教育が生徒さんたちの将来と安全にどう繋がるのか、ということも説明させていただきたいです。」
質問返しという性の悪いかえしをしてしまいましたが、当時の私にはこう返すしかありませんでした。
すると次は養護教諭が口をひらきました。
養護教諭は保健師で、同じ看護師免許をもった同類!どんな意見がでるのか気になります!!!
「冊子見た感想なんですけど、最近の流行りの性教育って感じですね。ところでこの冊子を使って性教育を実施したことはあるのですか?この冊子を使ってみて何か効果はあったのですか?
正直、うちの生徒たちは性については消極的で、保健室にもあまりそういう類の相談はきませんし、ここまでする必要もないのかなと。」
でましたー!日本特有の前例がないと受け入れたくありませんー!な冒険嫌です発想。
まぁ、いきなりよくわからない助産師がやってきて「性教育やらせてー」なんて言ってきてそう思うのはよくわかります。私も同じ立場ってあったら身構えるでしょう。
しかし、同じ看護職として生徒たちが消極的だからと、諦めてしまうのはどうなのか?!消極的な理由はちゃんとアセスメントできているのか?という医療職としての私の正義感がざわめきました。
「この冊子はA高校用に作成しましたので、前例はありません。また、生徒さんたちの需要にあわせて内容をまた修正、変更することも可能です。
性に消極的とのことですが、逆に性はあまりオープンには話したくないと思う生徒が大多数だと思いますので、消極的にみえているだけかもしれません。
相談がないのも、相談しやすい環境をつくることで、相談してくるかもしれません。むしろ自分のテリトリー内である学校内で相談するのは抵抗のあることだと思います。わたしは被害者支援活動をしているなかで、被害者が学校の人には言いたくないと口にしている現場を何度も見てきました。
性教育を通じて、性の悩みは私たち大人に助けを求めて良いものと思ってもらえるかもしれませんし、学校に相談しにくかったら外部の機関に相談していいんだよと教えることも大事だと思います。」
前例がないのは正直に答えるしかありませんでした。
そして次に社会科の男性教員がずばーんと発言してきました。
「この冊子みましたけど、性行為のことだけを書いているだけだし、"性交渉を楽しむヒント"とか書いてあるけど、まったくそんなのが伝わってきません。
うちの生徒たちは進路のことをすごく気にしている生徒が多いのです。高校生で性交渉をするのはありだとおすぎさんは思っているのですか?」
おお、圧迫面接系意見やってきました!口調も結構強め。
ただ、、高校生で性交渉するのっていけないことではないですよね。しっかり同意の上で避妊をしていれば何ら問題はないし、恋人との大事なコミュニケーションです。性教育を最も受けなるべきなのは生徒たちもそうですが、我々大人なのかもしれませんね。
「そのように私の作成した冊子があまり生徒さんたちにとって有益な教材とはならない可能性があるとのこと、今後の精進のためにありがたいご意見として受け取らせてもらいます。今後の課題とさせてもらいます。
性交年齢は13歳ですので、高校生で同意の上で性交渉を行うことは不自然なことではないと思います。安全に楽しめるようにちゃんと教える必要があると思います。」
そう返すと、社会科の先生は「うむ、そうですか」と言い、強い眼差しを少し緩めました。
どの先生の口からもそろって「うちの生徒たちにはキツイ」の一点張り。
ではどうしてA高校の生徒たちには性の話がキツイのか?どうして保健体育の授業を避けたがるのか?原因分析はしているのか?授業の仕方は工夫しているのか?
逆に学校の体制としてこちらから投げかけたい質問は山ほどあり、喉まで言葉が込み上げてきたのを何度も飲み込み、消化して耐え凌ぎました。
まだまだ若くて沢山の可能性を秘めている生徒たちに対して諦めている先生たちを見て正直悲しい気持ちになってしまいました。それと同時に、私も助産師として関わるのが苦手な患者さんに対して似たような感情を抱き、その人の強みを引き出す看護ケアをできていない時があるのではと、自分の職業人としての在り方を考えさせられました。
尋問のような会議はかれこれ2時間近く続き、最終的には以下の通りに落ち着きました。
実施するなら高校3年生で3月の受験シーズンが終了し、大学進学前の時期
性教育で扱いたい内容はエクセルに項目を作成して一度見せてほしい
もう少しオブラートな内容の性教育を
とのこと。
助産師である私としてはもっと踏み込みたいところですが、やらせてもらう立場である以上、条件を飲み込むしかありません。しかし、やらせてもらえる可能性が出てきたというのは、嬉しい前進です。A高校の先生の皆さん、ありがとうございます!
学校の存在理由って一体何なの?
会議が終わり、帰り間際に教頭先生と学級主任と少しばかり雑談しました。
学級主任は母親のような優しい顔で私に「性教育やれそうな雰囲気になってよかったですね」と声をかけてくれました。
眉を顰め、ずっと腕組みしている教頭先生、、俯きながらこう話しました。
「うちの子たちはきっと性交渉しているだろうなって子たちそりゃいるよ。若い頃の恋愛って結構学業に影響出ちゃうんだよね。男って猿みたいな生き物だから、性交渉してもあまり引きずらないんだけど、、どうも女の子の方はね、結構引きずっちゃって勉強が手につかなくなっちゃった子がいたんだよ。
学校も経営だからね、、進学成績を上げないといけないし、何よりもちゃんと生徒たちを勉強させて大学に入れさせないといけないんだよ!教育現場で性教育を行うのはとても難しいし、そんなことをしている場合じゃないのが本音だよ。保護者からのクレームの問題もあるし。」
勉強が大切なのはわかるし、経営であることもすごくわかります。でも、大学に入れさせることが学校の役割なのか?大学以外にも沢山の人生の選択肢はあるし、それを生徒たちが自分の思うままに選択できればいいのではないか?
学校って、人を育てる場所ではないの?
これでは、予備校と何らかわないではないか?!
教頭先生は教員としてベテランで、授業が上手なのはもちろん、教員として申し分ないお方です。ですが、学校責任者となり、日々の目まぐるしい業務に追われ、重すぎる責任に押しつぶされそうになり、、、ついには目先のことしか見えなくなってしまったこの日本の学校教育現場の切なさに虚しさを覚えました。
ちょっと良い気持ちで会議を終えられるかと思いきや、教頭先生の最後の言葉に胸のうちがザワザワしたまま私は学校を後にしました。
そして数日後、学級主任から「性教育のお断り」メールが届きました。
性教育が実施できない理由を長文でつらつらとごもっともそうなご意見で書いてありましたが、私にはどうしてもいいわけにしか見えず、まともに読まずに
「ご多用の中、先生方には貴重なご意見をいただけ、感謝しております」とそっけなく返信しました。
うん、もうA高校とはきっとこれで関わることはないんだろうなと思い、私は臨床現場で助産師業に専念しようと思いました。
A高校とのやりとりから数ヶ月後のこと、私のスマートフォンにいきなり見知らぬ電話番号から電話がかかってきました。
不審すぎたので無視しようと思いましたが、何か出た方が良い気がする、、恐る恐る通話ボタンをタップしました。
「もしもし、私、A 高校で保健体育教諭をしています天野と申します。あの、突然で申し訳ないのですが、一緒に性教育の授業内容を考えてもらえないでしょうか?」
え、、、天野先生って、1回目の打ち合わせの時にいたあのルーキーの先生じゃん!!!