共産党 なぜ躍進 オーストリア ザルツブルク住宅危機 資本主義破綻示す〜すべてがNになる〜

2024年4月6日【1面】


 中欧オーストリアの地方都市で共産党への支持が広がっています。西部ザルツブルク(人口約15万人)では、3月に行われた市議会選挙で得票率を6倍に伸ばし第2党に躍進、市長選では副市長の座をつかみました。「音楽の都」として名をはせる観光都市で何が起こっているのか。(ザルツブルク=吉本博美)

 5月に副市長への就任が決まったカイ・ミヒャエル・ダンクル市議(35)。2019年の前回市議選で当選し、議会で唯一のオーストリア共産党の議員として住宅問題を積極的に取り上げてきました。

 ザルツブルクはオーストリアで最も家賃が高く、他の都市部に人口流出する事態まで起こっていました。

 ダンクル氏は「利益優先の資本主義が住宅問題によく表れている」と指摘します。

 「住宅危機」が起こった背景には、保守与党の国民党が推進した不動産投機の優遇政策があるといいます。高額な家賃と昨今の物価高騰がつづくなか、住民の生活が日増しに苦しくなる中で、投資家や不動産会社は莫大(ばくだい)な利益を上げ続けていました。

 「生活の要である住宅を市場競争に置いてはならない。資本主義は明白に破綻しています。共産党への支持の広がりは、不当に利益を追求しない、オルタナティブな(代替となる別の)経済社会を求める声が大きくなっていることへの表れだとも思います」

(1面のつづき) 

助け合いの精神 実践

 ザルツブルクのオーストリア共産党は前回選挙からの5年間でどのように大幅に支持を伸ばしたのか。

対話と生活支援を重視

 党事務所で迎えてくれたザルツブルク州のザラ・パンジー代表(33)は、「選挙は日々の党活動が国民に響いているかのテスト。これまでどれだけ外に出て、一人でも多くの市民と対話し、生活支援をしてきたかが一番大切です」と強調します。

 街頭や戸別訪問での聞き取り調査と宣伝を週に何回も行い、月に1度事務所を開放して無料の炊き出しをしています。毎回40~50人が参加し、生活相談や住民同士の交流も促進する場となっています。

 人々から高く評価されているのが、議員報酬の半分以上を生活困窮者への支援のために寄付していること。最低限の日用品や家電を買えない、学費を払えない世帯に対する経済支援も行っています。党の支援が生命線となった住民も少なくありません。党規約には、議員や公職者による寄付が明記されています。

 議員が受け取る報酬を月20万円台とすることで「政治家なのに給料が私たちと同じ」「他の政党と違う」と驚きや喜びの反応も返ってくるといいます。

 党代表と州議会議員の任務を担いながら、多くの住民と直接連絡をとりつづけているパンジー氏。「政策を知らずとも『話を聞いてくれた、助けてくれたから』という理由で投票してくれた方もかなり多い。党が実生活に役に立つ存在なのだと認知してもらいたいし、支援をした後のつながりも大切にしています」

党員の自発性を後押し

 パンジー氏は代表の仕事について「党員同士のつながりを深め、彼らがやりたい活動をなんでも後押しするのが役目」だといいます。

 入党した一人ひとりの党員から興味関心や何をしたいかを聞き取ります。無料の炊き出しも料理好きな党員が自発的に行っているものです。

 「多様な企画が同時並行で行われています。楽しみながら、自分の能力を生かした活動をすることで豊かな集団となり、さらに活動も広がっていくのだと確信しています」

 オーストリア共産党中央組織の広報代表を務めるトビアス・シュバイガー氏(33)はザルツブルクで共産党を盛り上げた立役者のひとり。パンジー氏らと、共産党が他の政党といかに違うと見せるかに知恵を絞ってきました。

 ザルツブルクの共産党は日常的な宣伝や選挙戦で住宅問題に絞った訴えを展開しました。3月24日投開票の市長選決選投票ではポスターやビラも「手の届く価格の住宅を」というスローガンのみのシンプルな作りです。

 「移民や性差別、気候危機には取り組まないのかとの批判もありましたが、もちろん他の課題も軽視していません。しかし1から10まで主張するやり方では印象が薄く、関心を共有していない人にとっては、『お説教しているみたい』だと煙たがられる可能性があります」

 住宅問題は資本主義の弊害が色濃く反映していることに加え、ザルツブルクの積年の課題でありながらどの政党もまともに取り組んでいませんでした。さらにどんな立場の人にも関わる要求だったことも取り組む決め手となったといいます。

保守派の攻撃 逆効果に

 選挙戦では共産党の党勢拡大が話題となるにしたがって保守派やメディアからの批判が強まりましたが、共産党への批判は住民にとって逆に「信頼できる政党」の証明に映りました。批判が出るたびに「あなたたちは最高」「活動を止めるな」との激励メールや手紙、ケーキの差し入れなどが次々に事務所に届いたとパンジー代表は振り返りました。

 地域住民で支援者のアネッタさん(46)は共産党について「なんでもない普通の人たちの話を真剣に聞いて、議会で問題を取り上げてくれる。これをちゃんとできている政党は他のどこにもない。誰でも包み込むような雰囲気も好き」と信頼を寄せています。

 パンジー代表とシュバイガー氏が人々と接する中で感じているのは、「自分さえ良ければいい」という個人主義を問い直すことの大切さだといいます。

 「資本主義である上に、この数十年で自己利益を追求する新自由主義の価値観が社会全体にまん延したことで、多くの人が孤独を感じ疲弊しています」

 「私たちが対話を大切にし、給料をカットしてまで誰かを助ける姿勢を見てボランティアを申し出る住民や、相互扶助の大切さを感じて支持すると言ってくれる人もいます。共産党員が大切にする一つの軸は、人間同士の連帯です」

保守的な国柄で国政進出期待も

オーストリア

 保守的なお国柄といわれるオーストリア。国政ではキリスト教系中道右派の国民党が30年以上政権与党の座を維持しています。

 野党第1党は、中道左派の社会民主党。第2次世界大戦後、主に国民党と社民党による「二大政党制」が長年続いたものの、反移民を掲げる極右・自由党が近年、支持を拡大し続けています。

 国民党は法人減税や外国投資の呼び込み、企業のための規制緩和を推進してきました。所属議員のスキャンダルも相次いで報じられ、2021年には同党のクルツ首相(当時)が汚職疑惑で強制捜査を受け辞任しました。

 国民党は地方議会でも与党として優勢を誇っていましたが、21年の南部グラーツ、24年のザルツブルクの市議選で共産党が国民党を抜いて勝利。両議会では自由党も少数野党にとどまりました。共産党の勝利は、国民党に対する抗議の受け皿となったとも分析されています。

 今秋には国政選挙が予定され、直近の世論調査では自由党がトップを維持しています。共産党は南西部の躍進を足場に、60年以上ぶりの国会議員の当選が期待されています。

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