溶ける公教育 デジタル化の行方 第3部(4)「世界一幸せ」な教室〜すべてがNになる〜

2022年10月20日【政治総合】

 佐藤比呂二・都留文科大学特任教授は、国立がん研究センター内に設置された院内学級「いるか分教室」で教師として過ごした7年間、小児がんを抱えながら命を輝かせる子どもの力強さと、教育の持つ可能性の広さを感じたといいます。

向き合う

 病気によって突然日常が断たれ、「なぜ自分なのか」とふさぎ込んだり、病気自体を否定したりする子どもたち。佐藤さんはそうした子どもたちが、教師や医療者、なにより子ども同士のかかわりのなかで変化する姿を見てきました。

 入院したころは教師が近づくと布団をかぶって寝たふりをしていた子どもが、同じ病気の体験者の話をきっかけに教室に来るようになり、一時退院できる日も「友達がいるから退院したくない」と言いだす。中学3年間を病院で過ごした子どもが「自分は世界一幸せな中学生」と語る―。

 「スポーツに打ち込んでいた子が脚を切断しなければならないこともあるし、退院した子が再発して戻ってくることもある。そうした子どもたちが『いるか』のなかでは患者であることを忘れて仲間や教師と交流し、病気を人生の一部として向き合うように変わっていく。そこに院内学級の役割があります」

 政府はデジタル技術を、子どもたちが直面するさまざまな困難や格差を乗り越える「重要な鍵」と位置づけます。インターネットで世界をつなげば、病気で入院中でも同級生と交流したり、学校の授業を受けたりできるともいいます。

 佐藤さんは「そんな単純な話ではない」と語ります。がんになった子どもの苦しみは教師や家族、親友であっても共有できず、普通の生活を送っている同級生に嫉妬する子どもや、友達に会いたくないと語る子どももいるといいます。

 「『いるか』には、入院のつらい日々を『世界一幸せ』に変える可能性があります。それを可能にするのは、同じようにがんと向き合う子ども同士の交流や、子どもの心を受けとめようとする教師たちの存在です。子どもの心を支える人間がいなければ、デジタル機器だけでは問題は解決しません」(佐藤さん)

整備遅れ

 同時に、「いるか」を含め病弱教育に対する行政の体制は薄く、教師たちの情熱で支えられているのが実態だと指摘します。

 栗山宣夫・育英短期大学教授(全国病弱教育研究会副会長)の2020年の調査によれば、小児がん診療拠点病院全15病院と小児がん連携病院のうちの93病院、計108病院のうち院内学級が設置されている病院は小学生で76%、中学生で72%にとどまります。訪問教育と合わせればほぼ100%となるものの、多くの訪問教育が週3回、1日2コマ程度。高校生のための院内学級は極めて少ない状態です。

 「誰一人取り残されない」「学びを止めない」という標語とセットで教育のデジタル化が巨額の予算をかけて進められる一方、子ども同士がつながり励まし合う場となっている院内学級の整備は大きく遅れています。

 栗山さんは、デジタル技術の導入だけが新型コロナを機に進むことを危惧します。「デジタル技術は使い方次第で有効な教材になりますが、限界もあり、対面でしかできない理解や支援もあります。ニーズに応じて選択できる環境の整備が必要です。すべてデジタル技術に置き換えられるかのような議論は危険です」

 (つづく)

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