お守り
病院に行く前に、鞄に入れる本を選ぶ。
病院の待ち時間というのは、いつでもどこでも長いものだ。その時間、ぼうっとスマホを見続けるのも悪くは無いが、気分が悪くなるので出来るだけ紙の本を読むことにしている。
読みかけだった文庫本を読むことにして鞄の中にを入れたとき、ふと高校時代のことを思い出した。
高校生のとき、鞄の中に必ず本を入れていた。笹井宏之の「えーえんとくちから」という短歌集だ。私は決まってその本だけを持ち歩いていた。
その本は、ひとたび開けばすぐに私を短歌の中へ誘い込み、閉じ込めてくれた。悲しい気持ちも不安な気持ちもさっと鎮めるように、そばにいてくれる。
実際にその本を開く瞬間が作れなかったとしても、「鞄の中にある」という事実だけで安心できた。鞄を開けて、つるつるとした素材の表紙を撫でて、眺めるだけでも、私には効果的で、お守りのような存在だった。
ここで、高校生のとき特に好きだった短歌をいくつか紹介したい。
ばらばらですきなものばかりありすぎてああいっそぜんふのみこんでしまいたい
小説のなかで平和に暮らしているおじさんをやや折り曲げてみる
切らないでおいたたくあんくるしそう ほんらいのすがたじゃないものね
当時初めて読んだときの付箋はそのままにしてある。その瞬間の気持ちの全てを思い出すことは出来ないけれど、何かにすがるような、助けを求めるような気持ちで貼っていたような気がする。私のざわざわと、ぐらぐらとした気持ちでいっぱいの心と、ここからもう一歩も動くことが出来ないといった具合に硬直した身体が、すっと落ち着いて、やわらいだ。
この本は繰り返し読んでいる。読んではまた新しい付箋を貼ることもある。大人になってから貼る付箋の箇所は学生時代とはまた違って面白い。当時は意味のわからなかった短歌がわかったとき、私は大人を自覚する。
また悲しくなって動けなくなりそうなとき、この本はきっと私を助けてくれる。これまでもこれからも、お守りのようなこの本と共に、大人になっていきたい。