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花束みたいな恋なんて
2025年2月某日。曇り。7℃。
年始にテレビで「花束みたいな恋をした」が放送されていた。吉祥寺の映画館でひとりさみしくスクリーンに映し出された世界を、羨ましく見つめていた4年前とは大きく変わって、マンションのリビングで妻と子守をしながら、時折コマーシャルが流れるテレビ画面をぼーっと眺めていた。
4年前はというと、3年くらい彼女もいなければ、コロナウイルスの蔓延もあり、鬱々としていた。さらに、3か月後には就職も控えていて、ただそれは鬱々に拍車をかける要素だった。だから正確には鬱鬱々としていた。そんな中で暇つぶしに流行っていた映画でも見ようと思いたち、ただこれまで一人で映画館に行くなんてことはないから、必死に背を伸ばして映画館に入った。そんな僕を待ち構えていたのが、菅田将暉であり有村架純であり、終電後の明大前であり、サブカルチャーの世界であり、多摩川沿いの2人暮らしであり、デニーズでの会話劇であった。大学まで勉強と部活しかしてこなかった僕は、こんな世界があるのかと、ひどく衝撃を受けた。そして、この世界の一員になりたいと強く思ったのである。なんなら麦くんになって、どこかで絹ちゃんに会えないかと思ってしまったのだ。
だから、ミニシアターや映画館に入り浸るようになり、古着屋をハシゴするようになり、小説を読みふけるようになり、このnoteで思いを綴るようになり、popeyeを購読するようになり、髪の毛を伸ばすようになり、被写体になったり、バンドを組んだり、映画の半券を本のしおりにしたり・・・。お陰で、映画や小説、洋服、カフェ、人、との素敵な出逢いがあったけど、この調子で行けばいつかタトゥーとか入れちゃってたかもしれないなと、たまにゾッとするのである。
「花束みたいな恋をした」は、良くも悪くもそれほど影響を受けた映画であった。ただ、改めて見返してみると、全然感情移入ができなかった。なんなら、ずーっと冷めた目でツッコミながら見ていたと思う。「天竺鼠のライブは普通行くだろ」、「スマホの画面越しに告白すんなよ」、「ガスタンクの映画ってなんなん」、「付き合ってすぐにミイラ展のデートは行かないでしょ」、「就職前に多摩川添いの部屋を2人で借りんなよ」。
そして、監督や作者、アーティストなどの固有名詞ばかりが出てくるのも引っかかった。好きな作品や趣味が同じなら、それが好きな理由、好きになったきっかけ、共感できる点、それと通じる自身の人生観、そういった個人的な話に発展していくのが自然な気がするが、そんなシーンが無かったような気がしたから。上っ面のところじゃなくて、人間の深いところで共通する点がないと、そりゃその先には進まないよね、って。
ただ、そうやって冷静に、一歩引いてこの映画を見れて、とても良かった。というかホッとしている。20代後半で、この映画の世界に心酔して、麦くんになりきって絹ちゃんを探す旅を始めなくてよかった。
次にこの映画を見るのはいつになるだろうか。そう考えて、子供が思春期くらいになったら一緒に見てみたいなとすぐに思った。子供がどんなことを感じるのか、そしてその時の自分がどんな風にこの映画を見るのか、どちらもすごく気になる。でもその前に、一緒に映画を観れる関係性でいないとね。