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イブキちゃんの聖書入門#36 「ノアの箱舟は本当にあったの?③ ネフィリム(前編)」

"さて、人が大地の面に増え始め、娘たちが彼らに生まれたとき、
神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。
そこで、主は言われた。「わたしの霊は、人のうちに永久にとどまることはない。人は肉にすぎないからだ。だから、人の齢は百二十年にしよう。」
神の子らが人の娘たちのところに入り、彼らに子ができたそのころ、またその後も、ネフィリムが地にいた。彼らは昔からの勇士であり、名のある者たちであった。
主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。
それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。
そして主は言われた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜や這うもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを悔やむ。」
しかし、ノアは主の心にかなっていた。"
創世記 6章1~8節

★「心霊体験」

⭐︎今回は「ノアの箱舟:ノアの大洪水」についての考察の3回目で、大洪水が起こるに至ったその背景について解説をしてみたいと思います。

⭐︎突然ですが、皆さんは「幽霊」を見たことがありますか?

私はあります。

それは私がまだ小学校低学年だったある夏の夜に起こったことで、今でもはっきりと覚えています。

当時の私は祖母の部屋で寝ていました。

エアコンなどはまず点けない祖母は、大抵、夏になると部屋のドアを開けっぱなしにしており、その祖母の部屋の向かい側にあるトイレの入り口が、寝ている私から丸見えの状態でした。

その日は特に寝苦しい暑い夜で、私は中々寝付けずにおり、ぼんやりと暗闇に沈んでいたそのトイレに続く廊下を見つめていました。

すると、トイレの閉まっているドアをすり抜けるように、ぬぅっと白い着物(白装束?)のようなものを着た、顔も髪も白い、男性とも女性ともわからないような「何者か」が現れ、さぁっとまた暗闇の中に消えて行きました。

あまりの突然の光景に、私は声も出さずに身を強張らせていました。
その私の真横から、「あ、出たな、出たな」とそこにいるはずもない父親の声が、しかもどこか楽しそうな、怖がっている私を嘲笑うかのような声が聞こえて来ました。

その後のことはよく覚えていないのですが、恐らく恐怖と混乱でそのまま寝落ちしてしまったのでしょう。

翌朝、父親に「昨日の夜、おばあちゃんの部屋にいた?」と恐る恐る聞いたのですが、当然、父は「いないよ、いるはずがないじゃん」と答えました。

あの「白いもの」は、また私を嘲笑った「父親そっくりの声」は一体何だったのか、当時の私は「きっと成仏していない幽霊だ」と結論付け、心霊体験の1つとして、その後はずっと胸の奥にしまっていました。

⭐︎しかし、聖書を知り、クリスチャンとなった今では断言出来ます。

それらは、いわゆる「幽霊」や「怨霊」と言われる「死んだ人間の霊」ではなく、「悪霊(あくれい)」と呼ばれる「神に反逆する元天使」(堕天使)の仕業である、と。

さもなくば、ただの目の錯覚か思い込みの類である、と。

聖書的な世界観に立てば、「死んだ人間」は「パラダイス」(安らぎの場所)であれ「ハデス」(苦しみの場所)であれ、その霊は神の管理の下に置かれるので、この地上に舞い戻って来ることはありません。
死者は生者の世界に干渉することは出来ず、その逆もまた然りです。

(詳しくはこちら↓)

ですので、少なくとも、心霊現象や祟り、イタコや口寄せなどの「死者との交信」は、聖書的には現実に起こり得ないものとして否定されます。
(「死者との交信」が実際に起こったとしても、その背後には悪霊の働きがあり、神が喜ばれない暗闇に属する業であることには変わりはありません)。

悪霊(堕天使)どもの親玉は悪魔(サタン)です。
彼らは目には見えませんが、実際的な力を持つ現実の存在です。

悪魔、悪霊(堕天使)たちは真理を偽りに変えることを生業にしているので、「正しい霊的な世界」を混乱させようと、あの手この手を使って来ます。
いかにも心霊現象がリアルなものであったり、占いや死者との交信が無害なものであるかのような偽りを作り出しています。

聖書を読んでいるはずのクリスチャンですら、悪魔、悪霊どもが作り出す、その「偽りの霊的な世界」にハマり込んでしまっている場合があるのです。

私たちにとってリアルなのは、幽霊や怨霊と呼ばれるものによる心霊現象なのではなく、占いやオカルトではなく、実にそのような真理に反する悪しき霊どもの働きです。

だからこそ私たち人類は、特にクリスチャンは、神が啓示された真理の書である聖書を正しく読み、悪魔、悪霊による偽りの攻撃に対して「NO」と言える準備を整えておく必要があると私は思います。

★神の正義

⭐︎話を本題に戻します。

私がクリスチャンになりたての頃、「何故『ノアの大洪水』という神の裁きが起こったのか」ということについて知り合いのクリスチャンの方とお話をしたことがあります。

そのクリスチャンの方は「それは聖書に書いてある通り『地上に人の悪が増大した』からだよ」と回答されました。
つまり、ノアの時代の人間たちは、神様が怒られるあらゆる悪しきことを行い、いつも悪いことばかりを考えていたから、ついに大洪水で裁かれたのだよ、ということです。

確かに、教会に置いてあった「漫画で読む聖書入門書」や創世記について解説する本でも、「ノアの大洪水」の原因は、当時の人間が悪に傾き、地上の至る所で悪行が蔓延っていた、その為に神は大洪水の裁きを起こされたのだ、というように、漠然と「悪が原因である」と説明されている場合が殆どでした。

しかし、その回答では50点であると、今では思います。

何故なら、それは「ネフィリム」と呼ばれる存在を無視した回答であるからです。

"神の子らが人の娘たちのところに入り、彼らに子ができたそのころ、またその後も、ネフィリムが地にいた。彼らは昔からの勇士であり、名のある者たちであった。"
創世記 6章4節

この「ネフィリム」こそが「人の悪が増大した」の「悪」の内容そのものであり、大洪水の裁きをもたらした原因であるのです。

⭐︎「ノアの大洪水」の「洪水の範囲」について、ある神学者は「局地的なものだ」と言い、またある神学者は「いや、全世界的なものだ」と主張します。

私は聖書に記された大洪水の壊滅的な描写や、その後の地球規模で起きた環境の変化、何よりもノアが神から120年間の猶予を与えられ、箱舟を建設し、全種類の動物がそこに入れなければならなかった必然性を考えると、「ノアの大洪水は全世界的なものであった」と結論付けるのが聖書的であり、自然であると思っております。
(もし大洪水が局地的なものであるなら、わざわざ箱舟を作りそこに動物たちを閉じ込める必要はなく、洪水が起こらないだろう別の場所に移動させれば済む話だからです)。

どういうことにせよ、言えるのは、「ノアの大洪水」は地球規模の破壊的な大惨事であり、文字通り、箱舟に入ったもの以外の全てが「地の面から消え去る」ものだった、ということです。

聖書の神は愛と正義に完全な神です。

罪に対する裁きを下される時も、愛のご性質に基づき、その犯した罪の大きさに相応した正しい裁きを行なわれます。
重い罪に対して軽い裁きは行われず、同じように、軽い罪に対して重過ぎる裁きは下されません。

その正しい神が、地球規模の大きな裁きである「ノアの大洪水」を起こさなければならないのであれば、既存の世界を一掃しなければならないのであれば、それ程の裁きに釣り合う「規格外の悪しきこと」がそこで行われていた、と考えるべきだと思います。
そうでなければ不合理です。

その「規格外の悪しきこと」が、ネフィリムの存在に結び付いているのです。

★ネフィリムは巨人?

⭐︎「ネフィリム」とは何者なのでしょうか。

「ネフィリム」(נָפִיל)という言葉は、「落ちる」を意味するヘブライ語「ナファル」(נָפַל)から派生した男性名詞で、日本語的には「堕ちた者」と訳すことが出来るかと思います。

しかし、英語の聖書では「giants」(巨人)と訳されています。

では「ネフィリムは『進撃の巨人』のような、体が巨大な存在だったのか」と言われれば、そうではないと思います。

これは「七十人訳聖書」の影響かと思われます。

旧約聖書は一部を除いてヘブライ語で書かれたものなのですが、それをギリシャ語に翻訳したものが「七十人訳聖書」で、ユダヤの地から離れた離散の地にいてヘブライ語が理解出来なくなっていたユダヤ人の学者たちによって紀元前3世紀中頃に編み出されました。

その「七十人訳聖書」では、この「ネフィリム」「ギゲンテス」(ギリシャ神話に登場するタイタン)と表記したのです。

それを受けて、英語の聖書では「ネフィリム」「giants」(巨人)と訳し、そのまま、英語圏のキリスト教界を中心に、ギリシャ神話で語られる「タイタン:giant=巨人」のイメージで「ネフィリム」の姿が捉えられ、今日に至っていると思われます。

⭐︎「ネフィリム」とは、正確に言えば、「悪霊と人間の女性との間に生まれた超人」です。

悪霊(堕天使)が人間の女性と性的な関係を持ち、その果てに誕生したのがネフィリムである、と聖書は語っています。

"神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。"
創世記 6章2節

この「神の子ら」「ベネイ・ハ・エロイム」(בְנֵי־הָאֱלֹהִים)であり、ユダヤ人の伝統では一貫して、堕天使も良い天使も含めて、それを「天使」と理解します。

驚くべきことですが、人間の女性と性的な関係を持ち、妊娠させてしまうまでに、通常は「目に見えない存在」であるはずの悪霊(堕天使)は、私たちの日常生活に対して現実的に干渉する力を持っているのです。

⭐︎「ネフィリムは巨人ではない」と書きましたが、「ギゲンテス」(タイタン)の本来の姿は、「巨人」というよりも「神と人とのハーフ、超人」という側面が強いです。

なので、「七十人訳聖書」を編纂した当時のユダヤ人たちは、当然、ネフィリムの存在の本質を理解し、その上で「ギゲンテス」(タイタン)という言葉をそこに当てたのだと思います。

しかし、そのようなユダヤ的な理解が消え去った、異邦人(非ユダヤ人)中心となったキリスト教世界において、そのようなネフィリムが誕生した経緯の理解、つまり「神の子ら」が意味するところの理解すらも見失われ、「ギゲンテス」と表記されていれば、ただ「巨人」と汲み取る以外に道はなかったのでしょう。

⭐︎次回は、何故この「ネフィリム」の存在が大洪水を引き起こす程の「規格外の悪しきこと」に結び付いているのか、その理由と、またその背後で暗躍する悪魔、悪霊(堕天使)の策略について掘り下げてみたいと思います。


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