地域臨床のはじめかた
ここでは押江が自分の経験から,心理臨床家が地域でなにか活動をはじめようとするときに心得ておくとよいと考える,ごくごく基本的なことを書いていきます。些細なことではありますが,心理臨床家はもちろん,地域でボランティア団体を立ち上げたい方等,様々な方の参考になりましたら幸いです。
なお,下地にあるのは「コミュニティ臨床」の理論です。
1. 地域とつながる
「地域でなにか活動をやってみよう」と思ったとき,あなたの臨床はすでに始まっています。あらゆる臨床は関係づくりに始まり関係づくりに終わるといっても過言ではありませんが,それは活動の前からすでに始まっているのです。心理臨床において,クライエントといかに関係をつくるかに腐心するのと同じように,その地域との関係をつくろうと努力します。
私が「不登校や発達障害などにより学校に困難を感じている子ども」のフリースペースを運営する団体であるかすたネットやほたるネットを立ち上げた際には,地域の関連する支援団体を訪問し,そこでの支援について教えてもらったり,しようとしていることを伝えたり,それに対する意見や情報をもらったりしてきました。たとえば地域の教育研究所や病院(小児科など),発達障害者支援センター,フリースクール,不登校や発達障害の子どもの親の会などです。ボランティアセンターのようなところとつながっておくと,さまざまな団体を紹介してもらえます。
ちなみにこれは何も,団体を立ち上げるときに限った話ではありません。たとえばスクールカウンセラーは,学校に入った直後は特に,その学校コミュニティとのつながりをなんとかつくろうと右往左往する必要に迫られます。校内を散歩してみたり,教職員に手当り次第声をかけたりしながら,その学校がどんなところなのか理解したり,顔を覚えてもらったりしていきます。そうすることでだんだんと仕事ができるようになっていきます。
スクールカウンセラーに限らず,どんな分野でも多かれ少なかれこの動きが必要になるはずです。やはり「あらゆる臨床はすべて地域臨床」ですね。
2. 地域とのつながりはゆっくり進む過程であることを認識する
地域とのつながりのプロセスは,試行錯誤,右往左往,一進一退です。クライエントとの関わりで途方に暮れることがあるのと同様,地域の中でも途方に暮れることがあります。
かすたネットでは,約半年間利用者は1人も現れませんでした。止めようと思ったことも何度もありました。そんな中,続けようと言ってくれた仲間や,地域をうろうろしている中で出会った保護者の「いま私のところは行けないけれど,『いつでも行けるところがある』ということだけでも心強い」という声に支えられて,なんとか続けることができました。かすたネットでは半年間,仲間とウクレレの練習をしながら利用者を待ちました。地域をうろうろしているうちに利用者が現れ始めました。
1人の人間との関係ですらゆっくり進むのですから,地域との関係はなおさらゆっくりです。焦らずゆっくり,やれることをやりましょう。
3. 方法を修正する
地域をうろうろしているうちにさまざまな人々と出会い,さまざまな意見や情報が手に入ります。あなたがやろうとしていることは,その地域の風土に合っているかもしれませんし,合っていないかもしれません。
地域臨床の視点からは,あなたの支援が他の地域で有効であったとしても,その地域で有効であるというのはあくまで仮説に過ぎません(押江,2010)。さまざまな意見や情報を参考にしながら,やり方を適宜修正しましょう。
4. 「自分がやりたいこと」を吟味する
一方で,「自分がやりたいこと」は誰にも譲ってはいけません。3.で述べたことと矛盾するようですが,「あなたが大切にしていること」は,誰に何を言われても譲ってはいけません。ただニーズに迎合するだけでは,展開はみられないでしょう。新しい実践を生み出すためにも,「あなたがやりたいこと」はいったい何なのかを,しっかりと吟味しておく必要があります。
吟味する上で役に立つのが,仲間の存在です。地域臨床はできれば1人で始めず,複数の気の合う仲間がいるほうが望ましいです。地域の中に投げ込まれると,自分はいったい何をしたかったのか,だんだんわからなくなっていきます。仲間同士で話し合いながら,「自分は何をしたいのか」,「自分が本当に大切にしたいことは何なのか」を吟味するようにしていきましょう。