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「体に良い食べ物」なんて本当にあるの?

「この食べ物は体に良い!この食べ物は体に悪い!」
そんな情報が溢れかえっていて、人々の食生活に影響を与えています。でも、体に良いのか悪いのかって、「食べ物」が決めると考えるのはおかしいように思うのです。

体は食べたもので出来ている?

食べ物が大事だという話を聞いていると「体は食べたもので出来ているからね」というワードがよく登場します。

分かるけど、ちょっと大雑把すぎでは…? といつも思います。

食べ物に気をつかうことは、もちろん悪くありません。家族の健康を考えて、献立を考え調理している人も多いでしょう。

でも、同じものを食べても、そこから得られるものは人によって違います。その食べ物が、その時のその人にどう作用するのか、それはカロリーとか栄養素とかそういう分析的な視点だけでとらえられるような、単純な世界ではないはずです。

ミョウガだけは食べられたあの日のこと

ずっと昔の話ですが、人生でこんなに落ち込んだことはないというくらい落ち込んだ日々がありました。食欲なんて全然なくて、料理を前にしても食べることが出来ません。

そんなある日、茹でたそうめんに添えられたミョウガを見たとき、体のなかがぐるんと回ったような感覚が起こり、

「これなら食べられるかもしれない」

と思いました。そして、本当に久しぶりに「美味しいな…」と思いながら、ミョウガを薬味にそうめんを食べました。冷たい食べ物なのに、お腹の中があったかくなったのを覚えています。

ミョウガにどんな栄養・効用があるのか、僕は知りません。でも、その日その時の僕にとっては、最良の薬でした。いまでもミョウガを見ると、あの時の記憶が蘇ります。

食べ物を呪ってはいけない

「これって、本当は体に悪いんだよね」

そう言いながら、食事する人がいます。おそらく、合成着色料とか化学調味料とかトランス脂肪酸とか(よく分かりませんが)、何らかの「良くないもの」を含んでいるからでしょう。

でも、「体に悪い」なんて、食べ物を毒に変える呪いだと思うんです。

僕の栄養学的でない勝手な考えから言うならば、食べ物には、任意の観点における「体に悪い要素」と「体に良い要素」の両方が含まれている。そして、それは有機無農薬とかオーガニック認定とか(よく分かりませんが)、そういう「体に良い食べ物」にも言える。

だからこそ、呪って食べてはいけないと思うんです。自分が食べるものを呪うなんて、自分に呪いをかけるのと同じですから。こういう行為につながる“知識”って、すごく体に悪そうです。

食事をもっと楽しみたい

月並みだけど、僕の望みは食事を楽しむことです。食べ物を呪う人とは、あまり食卓を共にしたくありません。

いい加減に済ましがちな一人の食事でも、自分をもてなすように食事をつくりたいです。出来れば、ちゃんと美味しそうに見えるお皿にのせたい。コンビニで買った食材でも、ちょっとアレンジして輝きをアップさせて、テーブルに並べたい──そう思います。

「この食べ物にはこんな効用がある!」

そんな情報を楽しみつつも、あまり振り回されず、楽しく美味しく食べたいです。

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長田英史(おさだてるちか) / NOT SHIP
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