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「お母さんらしい顔」ってどんな顔?

少し前に出産した友人がSNSに載せた写真に、「お母さんらしい顔になったね」みたいなコメントが付きました。でも、その写真は彼女が出産する一年以上前に、僕が撮影したものでした。もしかしたら、「お母さんらしい顔」って幻想なのかもしれません。


「お母さんらしい顔になったね」

その写真について補足しますと、それはみんなで旅行に行って盛り上がって夜中まで飲んで、帰りがけにノリノリでサービスエリアに立ち寄り、いまからトッピングたっぷりのパンケーキを食べるぞ!というタイミングで撮影されたものです。

状況も行動パターンも、ぜんぜん赤ちゃんを育てるお母さん的ではありません。彼女の表情は確かに幸せそうですが、視線の先にあるのは我が子ではなくパンケーキです。

それでもSNSの写真には「お母さんらしい顔になった」とか「しあわせそう」とか、それっぽいコメントが並びました。いままで僕は「お母さんらしい顔」という言葉を、使いはしなくてもなんの疑問もありませんでした。でも、このことをきっかけに、ちょっと気持ち悪いかも…と思えてきました。

単なる偏見かもしれない

もしかすると、小さな子どもを見守る大人に、ゆるやかな表情の共通点があるのかもしれません。そこに「この女性は出産した」ということが加わると、「お母さんらしい顔」に見えるのかもしれません。

ということは、「お母さんらしい顔」というのが客観的に存在しているのではなくて、見る側がそういう目で見ている影響が大きいかもしれないということです。

それってつまり、偏見ですよね…?

「母親」という立場は、その人の一部であって、全体ではありません。偏見という言い方はちょっと手厳しすぎるかもしれませんが、やはり多面的で多様な全体性に対する、偏った見方だと言えるのではないでしょうか。

先ほども書いた通り、このことがあるまで疑問に思わなかったけれど、何となく相手を決めつけていたような気がして、いまはすごくひっかかっています。

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長田英史(おさだてるちか) / NOT SHIP
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