500円宿と300円温泉の夜【北海道旅初日】
船からの朝日が見たくてAM4:30に起床。曇りでなんも見えなかったので二度寝。起きたら9時で、船内には午前中の光がキラキラと差し込んでいた。
▼前回までのあらすじ
顔を洗って、首にタオルをかけたままフラフラと船内を歩く。みんな、海を眺めたりトランプをしたり売店を物色したりと思い思いに過ごしている。甲板に出ると気持ちいい秋の風が吹いていた。
昨日より少し涼しい。北海道が近づいているんだ。
下船したら何を食べようかな。カレー。ラーメン。いや、やっぱりまずはセイコーマートでしょう。道民が愛するセコマのカツ丼を食べよう。
デッキに響き渡るエンジン音。旅が始まる。
下船のアナウンスがあり車両デッキに向かう。「北海道は熊と鹿とおじさんに気をつけろ」という知人の言葉を思い出し、怖い顔に切り替えてカブに荷物を積む。とはいえカブでフェリーに乗るのが初めてな私は、終始ソワソワ&キョロキョロ。険しい表情と挙動がミスマッチで、多分かっこ悪い。
係員の合図を皮切りに、ライダーたちがエンジンをかけ始める。いろんなバイクのいろんなエンジン音が車両デッキに鳴り響いて、その音がどんどん増えていく。低い音、乾いた音、速い音、重い音。大きな音が空気を震わせて、私の体にまで振動が伝わってきた。みんな、旅が始まるんだ。圧倒されてしまった私は遅れてエンジンをかけたけど、リトルカブのエンジン音は当たり前のようにかき消されて、再びたくさんのエンジン音が体中を包み込んだ。
苫小牧港に到着した。時刻は15時前。まずはセコマに行ってカツ丼と北海道情報誌『HO』を買い、セコマのポイントカード『ぺコマ』を作る。ほかほかのカツ丼を持って誰もいない公園に行き、意気揚々とフタを開けたところで今日の宿が決まっていないことを思い出した。
忘却の彼方だった。
セコマのカツ丼は卵が甘くてホッとする味だ。朝から何も食べていなかったから本当に沁みる。よく「おいしいものはひとりで食べるより誰かと一緒に食べたほうがおいしい」と聞くが、私はひとりで食べても全然おいしい。最高。
さて、宿はどうしよう。「苫小牧についたら右に行く」しか決めていなかったので目的地も定まっていない。日が暮れる。このままだと熊に食われる。
無職独身女性(29)なので、旅館やビジネスホテルなんてもってのほか。というかせっかくだしなんか面白いところに泊まりたい。マップとにらっめこっして『富内銀河ステーション』というライダーハウスを見つけた。
500円で泊まれる『富内銀河ステーション』
富内銀河ステーションは、旧富内駅にある列車に泊まれるライダーハウス。北海道勇払郡むかわ町にある。勇払郡ってどこやねん&なんて読むねん。宿泊料金はなんと500円。ドヤ街以外でもこんな安く泊まれるんだね。
近くにある旧ふじ屋商店の方が管理されているそうで、電話をかけたら優しそうなおばあちゃんが対応してくれた。宿泊可能とのことだったので急いで出発。苫小牧から72km。よっしゃ行くぞー!
やっぱり叫んじゃう。
さすが北海道、道が広くて視界が開けていてちょー気持ちいい。しばらく走ると鹿の群れにも遭遇した。北海道だ。北海道に来たんだ。
「ほっっかいどーーー!!!!!」
思わず叫んだ。楽しくなってもう一回叫ぶ。「でっっっかいどーーー!!!!!」。裏返るほどの大声も、北海道の大自然に吸い込まれていく。吸い込みきれなかったぶんはカブのエンジン音がかき消してくれる。その後も「わーーー!!!」とか無意味な言葉を叫びながら、稲穂が揺れる秋の田舎道を駆け抜けた。
日が沈み始める頃、富内銀河ステーションに到着。さっき電話に出たおばあちゃんがチェックインの手続きをしてくれた。直接話すとより朗らかで可愛らしい人だった。
この日の宿泊客は私のみ。少し心細い気もするけど、ゆっくりくつろげそう。
列車の中には布団や毛布、ホットカーペットなどが用意されていてご自由にお使いくださいという感じ。私はマットと寝袋を持っていたので使わなかったが、寒い時期には寝袋+布団毛布で重宝しそう。奥のテーブルで食事ができるみたい。
300円の温泉『富内生きがいセンター』へ
旧駅周りを散策した後は、すぐ裏にある温泉「富内生きがいセンター」へ。この温泉、なんと300円で入れる。安すぎ。"生きがいセンター"っていう名前もイケてる。生きがい、大事だよね。
地域住民に愛されるこぢんまりとした公衆浴場。お湯はとろりと柔らかくて、風で冷えた体がじんわりと温まってゆく。今日見た景色やおいしかったカツ丼のことを思い出しながら、ちょっとのぼせるまでお湯に浸かった。
外に出るとすっかり暗くなっていて、満天の星空が広がっていた。
私はもう大丈夫。これからもきっと大丈夫だ。
列車に戻ってきた。私は今、500円の宿に泊まって、300円の温泉に浸かって、セコマで買った200円のおにぎりを頬張っている。体がポカポカしてお腹が満たされて心地よい眠気に包まれる。マットの上に寝転んで、天井の扇風機を見上げる。
贅沢ってこういうことなんだと思う。社会人になってから何度も無職になって、「はやく大丈夫になりたい」といつも思っていた。でも、こんな贅沢を知ったんだ。私はもう大丈夫だ。これからもきっと、大丈夫だ。
テーブルに置いてあった旅のノートを読んで、ここに来た人たちの人生に少しだけ触れたような気持ちになった。
寝袋に戻って、夢も見ないくらいぐっすり眠った。
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