ベンチャー経営者が『キングダム』の次に読むべき、『歴史を応用する力』
『キングダム』、スタートアップ界隈で改めて流行ってますね!
秦の政と信のドラマに昂ぶるわけですが、組織論やマネジメント、モチベーション、リーダーシップなど、経営をする上で大事な要素がいろいろと描かれていて、参考になります。
そして、この本で古代中国史に興味を持った方も多いのではないでしょうか。
では、歴史小説家がガチでビジネス書(?)を書くととこうなるよ!と言うことで、古代中国の歴史小説を数多く書かれている、宮城谷昌光先生の『歴史を応用する力』を紹介します。
日本では、三国志、戦国時代、明治維新の英雄たちの話が人気です。ただし、本気で英雄に近づくなら、その人の行動そのものを真似るよりも、彼らが参考にした考え方を学んだ方が、よりその境地に到達し易いんじゃないでしょうか。中国の古代史は、まさに我々の英雄たちが学んだ叡智が詰まっています。
むろん、経営学的な示唆も多いですが、それだけでなく、著者の歴史小説家としての苦悩なんかも描かれており、歴史好きな人だったら二度美味しい一冊。
もともとムダのない文章を書かれる宮城谷さんですが、ボリュームも控えめなので、ふだん歴史小説を読まない人でも、サクッと読めます。
光武帝、劉邦、湯王、文王・・・。秦の始皇帝・政は選外
本書は、以下の偉人を中心に展開されていきます。
「キングダム」秦の始皇帝(政)は取り上げられていません。
秦の統一王朝は後継に失敗し、15年程度で幕を閉じています。なので、ゴーイング・コンサーンが求められる事業運営への参考としては、前漢(約200年)、後漢(約200年)、商(殷、約700年)、周(約800年)に分があるんじゃないでしょうか。
とはいえ、本を読むとわかりますが、宮城谷さんは、そういう優位性で選んでいると言うより、言葉のプロフェッショナルとして、その人物や周辺の人たちをとりまく「言葉」を踏まえて、選んでいるように思います。
宮城谷さん自身、エドガー・アラン・ポーから派生した象徴主義の旗手として作家を志していたということもあり、「言葉」への感度がもの凄く高い方(そりゃ直木賞も受賞しますよね)。中国史の原書も含めて調べられており、丁寧に紐解かれた歴史考察はさすがです。
言葉といえば、「維新」「岐阜」「後楽園」「偕楽園」あたりは、ぜんぶ周の国にまつわる言葉。詳しくは読んでもらえればと思いますが、3000年経った今にもこうした言葉が脈々とつながっているのは面白いですね。
本書でも「成功する人はことばを大切にする人だ」 というドラッカーの引用をされていますが、それが選定の基準なのでしょう。
なぜ、歴史を学ぶのか。集団行動のパターンを知ることは、人と自分を動かす源泉となる
宮城谷さんは、
と言っています。
前者は不動の心的な意味。後者は自分を取り巻く人間関係のダイナミズムの話だと思います。これって矛盾するようで、事業運営ではこの両者が同時に求められたりするものです。社長、サイコパスですね!と言われがちで辛いという経営者も多いと思いますが、歴史上の様々なリーダーも同じような苦悩にぶつかってるような気がします。
とりわけ、後者の「ダイナミズム」は不確定要素の多い世界では、複雑でものすごく予測が難しい。だからこそ、集団行動のデザインパターンとしての「歴史」が有効なんじゃないでしょうか。
その通りに動かないとしても、相手がどう動いたら自分はどう動くべきなのか。思想や行動、先駆的に進んだ人のあり方には「定石」があり、歴史書にはそれが刻まれている。だからこそ、歴史書から学ぼう、ということなのではないでしょうか。
特に、大勢の人間が関わる時に、そこに共通認識となるパターンがあることで、より一枚岩で動きやすいというのもあります。先例があると、人は納得するし、そこに運命と大義を感じて、心が動く。
事業運営していて、「人を動かす」ところで苦労することも多いですが、そう考えると、歴史がDecision(意思決定)だけでなく、Excution(実行)にも効用があるわけです。
日本で人気の三国志の逸話も、実は過去の歴史をなぞったものが多いようです。
意外にも、これらの言葉は三国志オリジナルではありません。古代の人でさえ、前の時代の歴史に習った行動をしています。
革命(創業)の起こし方①血なまぐささは後に影を落とす
ベンチャーと言えば、創業。古代中国で創業と言えば、革命です。三国志や、項羽と劉邦の話も、いずれも革命の話。
宮城谷さんは、革命にはいくつかのパターンがあると言います。
まず、立ち上がりに血なまぐささを持つと、その後に暗い影を落とす、ということ。項羽は反乱軍の将軍の宋義の首をはねて軍を支配下に置きました。一方、劉邦は挙兵の際、県令を殺していません。
横山光輝さんの漫画「項羽と劉邦」でも、敵にも味方にも血なまぐさい項羽が、その悪評が広まるとともに、敵から徹底的な抗戦を強いられる様が描かれています。
敵だけでなく、味方への影響も。負けると処刑される項羽の属将は、自立性に欠け、項羽がいないと弱い。一方の劉邦は失敗しても罵倒こそすれ、厳しい処罰はしないし、そもそも強い命令もしない。そうなると、部下は考えて動く。劉邦の信じる(信じるふり?)姿が人に力を与えます。圧倒的有利と言われた項羽が負けたのは、長い間にこの差がじわじわ効いてきたから。
現代のビジネスでも、失敗の許されない心理的安全性の低い職場では、部下が萎縮してパフォーマンスを出しにくい、という話はよく聞きます。「メンバーが自分で考えて動いてくれない」と嘆く前に、項羽と劉邦を思い出し、自らを振り返ってみるのも良いですね。
革命(創業)の起こし方②3番手になれ
革命については、もう一つのパターンにも触れられていました。
革命において、先駆けは様々な抵抗にあい、死んでしまう。そこにロマンはあるかもしれませんが、したたかに勝つのは3番手。
宮城谷さんは、前漢・後漢の革命での蜂起の流れを、下記のように整理されていました。
新しい事業を創る場合でも、これはよくある話ではないでしょうか。GUI型のOSであるマイクロソフトのWindowsは、先行としてアップルのMacintoshがありましたし、MacintoshですらゼロックスのAltoにインスパイアされたと言われています。ビデオテープのVHSは後発でしたが、先行者のベータに勝利しました。最近では、メルカリは個人間売買アプリとしては現在シェアNo1ですが、後発サービスです。
スタートアップでも、イノベーターよりも模倣者のほうが、市場を開拓するコストが安く済み、勝ちを収めやすいことも、現実にはありえます。結局、先行しているサービスが優位性を作り続けていかなければ、他のサービスに追い抜かれてしまう。だからこそ、アイデアよりも実行が大事といわれるわけですね。
事業継承のやり方①水戸黄門を改心させた周の太伯と虞仲
M&Aや、後継者問題なども、事業経営を行うときにぶつかる問題ですが、ここにも先人の知恵が詰まっています。
会社を作るときには、あまり意識しない話ですが、成功した先に、いつか必ず考えなければならない重いテーマ。ロッテや大塚家具のような、後継者たちの骨肉の争いにならないための知恵を、歴史に学びましょう。
水戸黄門こと水戸光圀は、彼は若い頃は手の付けられない不良でしたが、その素行を改めたのは、周の文王の2人の叔父「太伯(たいはく)と虞仲(ぐちゅう)」の話に感動したから。
つまり、二人の兄は弟の息子に家督を継がせるために、身を引いたのです。
光圀も、三男でありながら水戸家を継いでいました。だからこそ、一層この話に感銘を受け、改心したそうです。後年、彼らに倣って、兄の子に家を継がせてます。
水戸家がその後も、お家騒動もなく、徳川慶喜を輩出するほどの威光になり続けたことは、この光圀の潔い気風が家訓として受け継がれていたからかもしれません。
事業継承のやり方②殷王朝の後継者を3年幽閉した名宰相・伊尹
事業継承関連をもう一つ。三顧の礼の元ネタである、殷・湯王の宰相、伊尹(いいん)の逸話です。
湯王の死後も伊尹は引きつづき宰相だったのですが、後継の王がさらに二代続けて亡くなってしまいます。そして、次の後継者となった太甲は、不徳の王だった。
太甲に対して、殷の群臣が不安を抱き、人心が離れて反乱を起こすのでは?と危惧した伊尹。なんと英断をします。太甲を3年間、離宮に幽閉するのです(大胆!)。3年後、伊尹が迎えに行くと、太甲は善良になっており、そこで改めて王位に戻したそうな。
殷王朝は、三十代・700年続きますが、この繁栄も、伊尹の英断があったからこそだと、宮城谷さんは言います。さらに、この逸話は後世にも影響を与えており、前漢の執政の霍光が、この故事に倣い、皇帝の交代を行っています。
現代でいえば、専務が若社長に「お前、社長降りな!」と自分がいったん会社を乗っ取り、その後改めて、修行した若社長に会社を返す、という感じでしょうか。それを国というスキームでやったところが、伊尹の凄いところ。
現代でそのまま再現性を持たせるのは難しいかもしれません。しかし、こうした逸話そのものを関係者が共通認識として理解し、納得できれば、解決の難しい継承問題を、落着させる助けになるかもしれません。
そして、経営者には後継者の育成だけでなく、継承の正当性を支える、太伯や伊尹のような無私で大胆な幹部の育成も必要とされることが、これらの話からわかります。(超難しいけども!!)
自分が生まれ変わるほどやって、始めて「学んだ」と言える
とまあ、いろいろな示唆を得られる本なのですが、最後に「学び」についての宮城谷さんの見解も素晴らしいのでご紹介を。
宮城谷さんは、歴史小説家として成功するまでにかなり苦労をされており、その当たりの葛藤も本書でいろいろと書かれています。
そんな中、中国の古典を調べる上で、こんな言葉に出会ったそうです。
変化の多い現代でも、「学び」というのは非常に重要だと思いますが、私達はとかく本を読んだだけで満足してしまいがちです。自己変容をどこまで起こせるのか。この言葉は、それを意識させてくれます。
本書では「輪講」についても記されていました。「輪講」とは、本を解釈しながら、何人かで読み合うこと。吉田松陰は萩で投獄されたときに、囚人たちとともに「孟子」の輪講を始めたそうです。
「孟子」には「民を苦しませる君主や王は討っても良い」という革命思想があります。これは強烈にインパクトがある考え方で、この本のおかげで「悪名を被らなくても主家を討てる!」と諸侯が思想的に解放され、中国に戦国時代を産み出したと言われるほどです。まさに、時代を変えたスーパー啓発書。徳川家康も、天下を平定するまではこの本を傍らに置いていたとか。(平定後はしれっと孟子を隠す徳川家康のしたたかさ・・・)
と聞くと、過激そうですが、その根底は、思いやりである「仁義」や、偕(とも)に樂しむ「偕楽」という思想があります。(偕楽園の語源。これも水戸光圀の子孫、徳川斉彬が作った庭園です)
「講孟箚記」には、そんな「孟子」で松陰が行った輪講内容が記されているそうです。「孟子」を学んだ結果、先の見えない囚人たちが希望と元気を得ることが出来たとか。まさに、「自分を生まれ変わるほど、学んだ」の体現ですね。
ということで、『歴史を応用する力』の内容をかいつまみながら、紹介させていただきました。
歴史や人物の解説以外にも、
・経営の傍らに置くべき古典
・現役経営者
・歴史小説を書く、宮城谷昌光流のメソッド
など、興味深いトピックスが満載で、いろいろ楽しめる本となっています。
ベンチャー界隈の皆様、「キングダム」の次の一冊として、こちらの本はいかがでしょうか。古代中国史の魅惑の扉が開けますよ。
『晏子』『重耳』『夏姫春秋』など、宮城谷さんの古代中国史の小説群も、お勧めですので、ぜひ。
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