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「デッサン」で何が身につくのか? デザインやビジネスの土台となる思考と態度
デザインやアートをビジネス環境に取り入れる動きが活発です。ビジネスパーソンがデザインやアートを学ぶことも一般的でなってきました。
アートやデザインは身体性を伴うものが多い。暗黙知が多く、習熟や身体化にも時間がかかります。そのため、デザインやアートの可能性を感じるビジネスパーソンでも、いざ自分が学ぶとなったら二の足を踏む方も多いでしょう。
そこで今回は、デザインやアートの習熟がビジネスの思考にどう応用できるか。そのごく一部を「デッサンを描く」行為の中からエッセンスを紹介していきたいと思います。
デッサンは、造形教育の基礎トレーニングであり、デザインやアートの基本的な思考や技術を身につけることに加え、造形の態度を養うものでもあります。
私は美大入学前の美術予備校でデッサンを学びました。20年以上前の経験ではありますが、デザインやビジネスの素地として、今でも重要なものだと実感しています。
デッサンの思考と態度として、私が描いた作例を交えて7つに分けて解説しますが、後半に行くほどビジネスに重要だと考えています。それでは、どうぞ。
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1.構造を見極める思考
まず、デッサン初心者がつまずくのは、ものの構造を捉えきれないことです。
一つはパース(透視図法)の考え方です。上の作例では、大きな台の上に小さな台が乗っている構造ですが、それぞれの一辺の角度や長さを正確に描かないと、同一空間に違和感なく収まりません。何度も観察を重ね、描いては消してを繰り返さないと、自然な空間には仕上がりません。
それよりも重要なのは、モチーフ個別の構造を理解することです。例えば、冒頭の作例のカゴの構造、野菜の構造を理解する必要があります。カゴがどう編まれているか、素材的制約と手作業の中でどのような構造体をなしているか。カゴの造形のどこが緊張しどこが弛緩しているか。それぞれの野菜がどう生長し今のカタチに成熟しているか。構造には時間の概念があります。それらを見極めないと違和感のある、ぎこちないものになってしまいます。
ビジネスへの応用としては、「価値」の構造を見極めるということでしょう。ビジネスを構成する基本的要素である「価値」がどう作られ、どう経済的価値(お金)に変換され、どう消費されるか、その構造を理解することでしょう。サプライチェーンでどう価値がリレーされ、業務の中で価値にどう手が加えられ、生活者価値や体験としてどのような形で享受されるか。構造で捉えるのです。
ものの表面や枝葉末節ばかりを追ってしまい構造を見極められていないと、「まったく編むことができないカゴ」や「食べられそうもない人工的な野菜」になってしまいます。ビジネスにあてはめると「価値が表現できていないサービス」や「価値を生産的につくれない業務や組織」になるということです。

2.全体と細部を観る思考
デッサンの空間は、常に相対的に観察し描写する必要があります。
モチーフの大きさ・傾き・上下左右・奥行き・色合い・質感など、全てが比較されながら描かれます。すべての相対的要素がぴったりと符号した時にだけ、調和が取れた空間が紙の中に生まれます。
そのため常に、全体をさっと描きバランスを確認してから、だんだんと細部に手を入れるという描き方になります。初心者はいきなり細部から描き始めることがありますが、後に辻褄が合わないことになり、イチから描き直しということになります。
ある程度、描写が進んでも相対的な観察は繰り返されます。個別のモチーフに描写を重ね、上手く描けていたとしても、それが全体のバランスを壊していることがあります。そのときは用紙から数メートル離れて全体を眺めてみる。客観視のモードに切り替え、修正を加えていきます。
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念入りに手を入れる部分と、手を省く部分を相対的に捉えることも重要です。例えば上の作例では、冬瓜のヘタの部分、カゴのもっとも手前の部分、それぞれのモチーフの交差点や接地面は、注意深く観察して描くべきですが、台にかかっている布の大部分や、小さな台の奥の立面などは、手をあまり入れないほうがむしろ良いものです。
これは、人間の認知として、無意識に目が止まるところに、より細かく描写を加える方が、鑑賞者にとっても自然な空間に仕上がるということでもあります。時間が限られたデッサンでは、目につくところに手を入れるほうが効率的という見方もあるでしょう。
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この点でのビジネスでの応用は、常に全体を「システム」として観ながら個々を相対化・構造化し、その因果関係の中から全体最適を見出すということ。そして、その中でレバレッジが効く点を見極めるということです。
3.五感で触れる思考
人間は2つの目で立体視しますが、デッサンを描く紙は2次元の平面です。つまり、デッサンはどこまで行っても空間の「再現」はできず、自分が感じたイメージを主観的に二次元空間へ「表現」したものになります。そして、そこには無意識の意思が宿ることになります。
デッサンにおいて、可能であればモチーフを触れろ、と言われます。モチーフを持った時の重さ、匂い、もしくは味。金属の冷たさや感触など、それを感じた身体の記憶は、描き手の主観となって無意識に描写されます。鉛筆を運ぶ手の傾きや動き、関節の動きに現れます。
主観・感覚・情感。ともすればビジネス環境からは排除されがちな言葉ではありますが、それはものの見方や発想、意思決定に宿ることは間違いありません。
机上の分析や概念の操作ではなく、足を運んで得る身体の情報・感覚。先ほど述べたビジネスの骨格をなす「価値」の生々しさを感じ取ることが、デッサンで応用できるポイントだと言えるでしょう。
4.図と地と、その境界の思考
絵画には「図と地」という概念があります。図は「モチーフ」「主題」「描かれるもの」で、地は「背景」「描かれないもの」です。
デッサンにおいて、図と地ははっきりとわかれず、グラデーションを成します。例えば下の作例では、手前の胸像の奥の肩部分は、「図」が「地」に溶け込むように階調が推移しています。推移があることで、紙の中に空間が生まれます。
初心者は、図と地をはっきりとわけ、「描くべきもの=図」の中だけを、塗り絵のように描こうとします。すると豊かな空間は立ち現れてくれません。
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こういったものの捉え方。ビジネスでは、「図・地・その境界」の思考を応用し、「もの・じゃないもの・その2つの境界」で世界を捉えるとよいでしょう。
「自分の仕事と、自分の仕事じゃないものと、その2つの境界」
「政治と、政治じゃないものと、その2つの境界」
「ITと、ITじゃないものと、その2つの境界」
「デザインと、デザインじゃないものと、その2つの境界」
何でも構いません。自分のビジネス環境に当てはめて自問するとどうでしょうか。
「じゃないもの」を深く考えることで、かえって「もの」への認識や定義がシャープになる。解像度が上がります。もしくは、「もの・じゃないもの・その2つの境界」を全体的に捉えることで、全てを含んだ包摂的な世界観をイメージすることができないでしょうか。
5.粘り強い探求の態度
受験デッサンでは時間制限がありますが、絵画表現には時間の制限はありません。実際に、「鉛筆を置く」タイミングは本当に難しいもの。
造形の姿勢。それは、「よく描けた」と思っても、まだ良くなるかもしれないと挑み続けることです。(そして、「描きすぎて、かえって悪くなる」ことがあるのも造形の「あるある」です。)
デッサンの習作では丸一日描き続けることは珍しくありません。観るたびに視野が変わらないように、視点を固定して描くことが基本であるため、常に背もたれのない椅子に背筋を伸ばして描き続けます。肉体的にも疲労します。
クタクタな中でも、それでも「良くしたい」という意識が生まれ、「終われない」感覚があるのが探求の態度です。
ビジネス環境では、問題を細かく分解し、ゴールイメージや「落とし所」を初期に決め、それに紐づくアクションアイテムを定め、生産的に動くという考えが一般的かと思います。
それは全く否定しません。ここでは、そのような合理的な動きと「探求の態度」をハイブリッドに備えるということが創造的であると主張したいのです。
また、探求にはお金もかかります。人が動く時間には費用が発生します。合理的な問題解決をコスト最適に進むのではなく、あえて、お金がかかるような探求のコストを投じる判断や、その費用を獲得するための情熱や技術を持つことも、ハイブリッドな探求の態度であるとも付け加えておきたいと思います。
6.自分の表現をさらす態度
見えづらいですが、下の作例の右上には点数がつけられています。80点です。4人の講師がそれぞれ点数をつけ「合計で80点、a評価」という意味です。
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これは「デッサン」というよりも「デッサンの教育」の話になりますが、その現場では、それぞれが描いたデッサンに点数がつけられ、全員分が点数順に張り出されます。
カタチが狂ったデッサン。本物と似ても似つかぬような石膏デッサン。デッサンのクオリティは誰でも瞬時に見抜くことができます。自分の見識の甘さや技術の未熟さが、集団の中でさらされます。
自分が描いたデッサンは作品です。自分の分身といってもいい。その評価は人格否定のようにも感じられます。恥ずかしい。逃げ出したくなります。
しかし、しだいに耐性が付いてきます。
これがとても重要です。
私は、ビジネスパーソンと一緒に事業開発のアイデア出しをするようなことがありますが、一般のビジネスパーソンは自分のアイデアを「さらされ慣れていない」「スベリ慣れていない」と感じることが多いです。自己表現が難しい。それにより発想にブレーキがかかってしまう場面をよく見てきました。
創造的であるということは、自らの創造が否定されることに耐性があるということでもあります。創造は一発で起こらないし、ビジネス環境ではコラボレーションの中で叩かれ磨かれるものでもあるからです。
自分の表現をさらけ出す態度は、イノベーティブな解答が求められるビジネス環境においては特に重要です。加えて、経営者や組織管理者は、そのような文化を形成するということも大切なことです。
7.無数の美しさを見つける態度
以上のような、思考法やものの見方、態度でモチーフに接する。
見方を変えながら、何時間も観続け、挑み続ける。
そうすると、数十センチのモチーフの空間の中に、無数の美しさがあることに気づいていきます。
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野菜のみずみずしさ。時間の中で冬瓜がだんだんとしおれていく退廃。カゴの造形の合理性。建築物のような台の堅牢性とその中の静かな空間。ジャガイモの接地面の微妙な影の調子。相互のモチーフの緊張感。挙げればキリがありませんが、このような微細な感覚がどんどんひらいていきます。
そのような感覚がひらくことで、例えば、グラフィックデザイナーはタイポグラフィ(文字)のほんの僅かな曲線の美しさを作り出せたり、アーティストは社会に漂うわずかな違和感を捉えることで、それを作品に昇華したりといったことができます。すべては対象を捉える力と態度です。
「ビジネス環境」という言葉を繰り返してきたが、そこは「社会」です。社会には無数の美しさがあり、発見があります。
その美しさをみつける「技術」というよりも、それを根気強く見つけようとする「態度」を持つ。そんなことが何にもまして大事なことだと考えています。
※今回は「デッサン」を通して、造形の思考方法と創造的な態度についてふれました。下記の記事では、逆に、造形に向けた作業の中毒性と、個人の成長への負の影響について述べています。要はバランスということですが、合わせてお読みいただけますと幸いです。