デザインプログラムマネージャーのすすめ
デザインプログラムマネージャーが足りない。
これは、デザインの現場の切実な思いです。デザインプログラムマネージャー(以下、DPM)がいれば、仕事が上手くまわるはずなのに良い人がいない。大変な現場がなかなか改善されず、げっそり疲弊してしまう。
もっと言うと、産業のデザイン活用が進むなか、DPMがいないことによる機会損失も広がっている。せっかくデザイナーを何人も採用しても、組織運営に問題が生じてしまう。DXが進まない。いくつもの企業で起こっている課題です。
デザイナーの間でもDPMを知らない人は多い。異業種から「デザインを仕事にしたい」と転職する人はたくさんいるものの、多くの人は、UIデザインやビジュアルデザインといったカテゴリーを希望します。そういったデザインスキルももちろん重要ですが、DPMにも視野を広げるともっと機会は広がるはずです。
「DPMは部活のマネージャーのような存在だ」とあるDPMは言いました。みんなを助け、信頼される部活のマネージャー。選手であるよりも、監督であるよりも、「部活のマネージャー」として開花する人もいるでしょう。
デザインプログラムマネージャーとは
DPMとは、組織のデザイン業務を円滑に進めることに責任を持つロール(職種)のことです。プロジェクト管理、アサイン、人材育成、社内外広報、他部署との連携、システムやデータ管理、外部発注などの間接業務を担います。
デザイン組織のバイブルとも言える『デザイン組織のつくりかた(外部URL)』では、DPMを以下のように表現しています。
現実の組織を見ますと、DPMは組織上のいわゆる管理職ではなく、専門の役割として配置するケースが多いようです。裁量を持った組織管掌は管理職であるデザインマネージャーが行い、その組織運用や業務管理をDPMが補佐する構図が一般的なようです。
DPMが必要になるのは、デザイン組織のメンバーが10人を超えてくるあたり。10人以上になるとそれまでとは組織の風景が一変します。間接業務の複雑性が一気に増し、DPMのような専門メンバーを配置する必要が出てきます。10人以下ですと、リードメンバーがそれぞれ属人的に動くことでも成果を出せますが、それ以上になると組織行動の体系化が不可欠になってきます。
デザイン組織がさらに数十人ほどに拡大していくと、間接業務自体の組織化が必要になり、DPMが集合したチームが生まれます。採用や育成や業務管理を一元的に行うデザイン組織の本社機能のようなチームです。
DPMがいない企業では、プロジェクトの優先劣後を整理できずデザイナーが消耗してしまう。全社を見渡した適時の提案が足りない。採用に注力できない。デザイナーの育成が滞ってしまう。デザイナーがビジネス要件をうまく咀嚼できずに請負の作業者になってしまう。デザインマネージャーが運用的な仕事にかかりきりになってしまい、本来の戦略的な業務に着手できない。このようなことが起こっています。
デザイン課題は業務レイヤーに
2018年の「『デザイン経営』宣言」前後から、デザインを経営に活かす動きが広がり、さまざまな企業が社内にデザイナーの組織を置くようになりました。とりわけ、デジタルサービスを提供する企業や、金融分野などDXの必然性が高い業界ではデザイン活用がどんどん進化しています。
また、製造業・メディア事業・印刷業など、従来からデザイナーを抱える企業でも、サービスデザインやアジャイル開発等へのリスキリングが進み、デザインオペレーションの更新が深まっていきました。
これまで、一般的には「経営者のデザイン理解不足」「経営戦略へのデザイナーの関与」などの経営レイヤーでの課題が頻繁に取り上げられていました。ただここに来て、実際にデザインを取り入れ始めている企業では、そのような経営分野での課題は一段落し、実際にデザイナーが業務としてどう動くかといった現場寄りの課題に注目が集まっています。
デザインのオペレーショナル・エクセレンス(業務磨き上げによる競合優位)に比重が置かれ、競争のスコープはそちらに絞られてきています。デザインの理解や重要性の認知はすでに進んでおり、その先にデザインを業務としてどう洗練させていくかに課題がある。デザイン経営が進んだ企業では、課題の位置が経営レイヤーから業務レイヤーへと、ボトム寄りに移っているのです。
デザイナーを増やしても業務管理レイヤーがボトルネック化し、生産性や品質が悪化してしまう。職務環境が炎上し離職リスクなど悪循環が発生してしまう。こういった危機を一通り経験し、肌感として「このままではまずい」との思いから、改善への動きが活発になってきています。
依頼対応と提案のフェーズで活躍するDPM
私は、さまざまな企業のデザイン組織を外部から支援していますが、その中でも、とりわけ「デザインとビジネスの橋渡しの部分」に、DPMが効果を発揮していると感じています。とくに、DXを推進しながらも部署間連携が肝となるような企業。このような企業には強力に作用している印象です。
たとえば、デザインの依頼があった場合、DPMがいない多くの組織では、デザイナーだけで他部署からの依頼に対応しています。
ビジネス成果をデザイン成果に言語化する。依頼の与件からデザインプロジェクト要件へ落とし込む。デザインとビジネスの双方から見たプロジェクトの優先順位を設定する。プロジェクトでのデザインの期待値をコントロールする。
このようなことはデザイナーだけでは難しい場合もあり、結果的に無理や無駄が発生し、負荷が高いデザイン業務へと陥ってしまうことがあります。順番に依頼をこなしていくだけといった戦略性の欠けた組織になってしまうこともあります。
また、デザイン組織は自分たちから主体的に提案していく必要もあります。依頼をただ待つだけでなく、デザインが効果的に作用する領域を全社の中から見極め、自分たちから動いていくのです。
他部署状況を理解した上での最適なタイミングで提案する。全社へのデザインに対する期待値をつくる。デザインプロセスの理解を促し依頼精度を向上させる。全社課題を踏まえたうえで先回りした社内営業を行う。
このような動きが必要ですが、デザイナーはどうしても喫緊のプロジェクトに集中することで、視野の広いアクションが難しくなるケースがあります。
加えて、ビジネス要件の理解や主体的な提案は、一定数のデザイナーにとって苦手なものです。そのスキルを補う意味でもDPMは効果的に作用しています。
ただ、私個人としては、デザイナーは依頼対応や提案をDPMだけに任せるのではなく、デザイナー自ら行うことが最善と考えています。プロジェクトの最上流のコントロールが、デザインの成否に最も重要な影響を与えるからです。
しかしながら、全てのデザイナーが十全に依頼対応や提案ができるとは限りませんので、DPMが並行して活動し、時にデザイナーを補佐しながら動いていくのが現実的とも考えています。
DPMの実際の活動
ここで、DPMの実際の動きを見ていきます。三井住友銀行のDPMである米本滉貴さんの活動です。「デザイン白書2024(外部URL)」から引用します。
米本さんとはDPMに関するイベントを行ったことがありますが、その場では以下のようなことを話していました。
「社内の人間模様を把握して、誰にどのような話を持っていけば良いか考えて動いている。相手に合わせてデザインの重点を変えて話すようにしている。」
米本さんは社内ではDPM専業ではなく、他にもさまざまな活動をしています。そのような幅広い仕事の中でデザインを相対的に捉え、デザインの活かし所を日々模索しています。課題と課題、人と人の結節点を作りながら、デザインの効力を高める動きをしています。
ここでは三井住友銀行のDPMについて紹介しましたが、DPMの動きは各社の課題によって活動の比重が異なります。人材育成や採用に注力しているケースもあれば、プロジェクト運用よりもデザイン組織の仕組みづくりに重点を置いている企業もあります。仕組みづくりに関しては外部の専門家を招く事例もあります(DPMの先駆的な取り組みをしているrootさん(note URL)の記事が参考になります)。
デザイン系のロールからDPMへの拡張
デザインによって企業の競争力を高める。日本の産業力を高める。そのような機運の中、デザインのロールの細分化が進みました。が、DPMのような間接業務のロールの細分化や体系化はまだまだこれからです。
先行企業はすでにDPMを配置していますが、まだデザイン業界で認知が行き渡っているわけではありません。キャリアパスも明確ではなくスキルセットの整備も必要な状態です。
DPMになるには、デザイン系のロールから技術を拡張するパターンと、デザインではない総合職からデザインを学び活動するパターンがあります。
デザイン系のロールからDPMになるケースのひとつは、ディレクターやプロジェクトマネージャー、進行管理といったプロジェクト管理系のロールからの拡張です。デザインの依頼対応や提案といった業務はすでに習得しているため、親和性が高いパターンといえます。実際にディレクターのような肩書を維持しながらもDPMのように動いているケースもあります。
また、制作系のデザイナーから、企業戦略に関与するような「高度デザイン人材」へのキャリア成長の起点として、DPMのロールを活用する考え方もあるでしょう。サービスデザイナー、ビジネスデザイナー、デザインマネージャーなど、もしくはプロダクトマネージャーというようなロールへの足がかりとしても、DPMが果たす役割は大きいのではないかと考えています。
個人的には、DPMは若手デザイナーの早期育成策としても活用しうるのではないかと考えています。視野を広げる、高い視座を持つ。各所との人脈を強める。若い時期にこういった経験を積むことで、デザインを広く相対的に捉える素地を形成できるのではないかと考えています。
デザイナーから見たキャリア形成は、スペシャリストかマネージャーかといった二者択一的な見方をされることが多くありました。
人を管理するマネジメント業務に対してネガティブなデザイナーは多いもの。そのようなデザイナーは消去法的な意味でスペシャリストを志向する場合もありました。ただ、それにより、結果的にキャリアが中途半端になってしまうケースがあったことも事実です。「間接業務といえば人材マネジメント」という選択肢しか想起されなかった領域に対して、DPMという新しい選択肢がある。キャリアの幅も広がっていきます。
総合職からDPMへの拡張
デザイナーではない総合職からデザインを学び、DPM として活躍するパターンもあります。
書籍などでデザインを座学的に学ぶ。外部の社会人向けのデザイン学校に通う。社内のデザインやDXに関する研修にて実務的に習得する。このような学びを繰り返しながらDPMとして活動している人が多い印象です。とりわけ、マーケティング部署など、デザインとの接点が多い業務を経験した人はそのアドバンテージを活かして活躍しています。
ネックになるのはプロジェクト実務経験です。自分で手を動かしてデザインすべきかどうかは企業の事情によって異なるものですが、デザイナーとプロジェクトを協働する経験量はDPMにとっては必須です。多様なプロジェクトを経験することで、表面の課題に惑わされずに本質を思考する勘所も養われていきます。
専門職と総合職の壁
「DPMが足りない」とこの記事の冒頭に言いました。おそらくですが、デザイン系ロールからのDPMの拡張だけでは、量と質の両面で社会のDXニーズに応えることはできない。総合職からのDPMへの拡張を促進させないと、さいあくデザインの機能不全が各所で頻発することになります。
その上で考えないといけない観点があります。総合職と専門職といった人事制度上の溝です。新興のデジタル関連企業ではもはやボーダレスな状況ですが、多くの「大企業」では区分けが存在しています。その区分け自体が企業のDX推進の障壁となっているのは周知のことではありますが、DPMは総合職と専門職の中間点な役割という点で事情が複雑です。
DPMは、デザイン分野のひとつのスペシャリティと考えることもできますし、他方で専門職としてのデザイナーを支援するための「総合職の管理機構」の一分野と捉えることもできます。専門職から育成すべきか、総合職から配置すべきか。待遇や評価をどちらに合わせるか。こういった検討も必要になるのです(もちろんベストな解決策は、企業が置かれる状況によって変わります)。
DXの要請からデザイナーやエンジニアなどのIT人材の採用が活況になりました。そのような人材や技術を持続的に高めるための組織化や体系化のノウハウは、いわゆる専門職的な世界から発展してきています。そのような話題をデザインの世界に閉じずに、企業の管理体系全体を視野に入れ、議論していく必要があります。
※今回はデザインプログラムマネージャーの必要性について紹介しました。今回の記事に登場するSMBC米本滉貴さんも、DPMに関する記事を書かれています。ぜひご覧ください。
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