デザイナーの成長を進める、リスクテイクの2つの習慣
中学・高校・大学と、生きて歩んで気づいてみると、周りは自分と似たような能力になっている。だって選抜を繰り返すから。振り分けられた結果。当然といえば当然のことです。
でもいざ社会に出ると、同じような能力だった同級生でも不思議と差がついてきます。どんどん差をつけられていきます。
私は美術大学を卒業してデザイン会社に就職しました。能力が均衡する大学同期の集団が、同じような同質性の高い業界に旅立っていく。似たような環境であってもだんだんと差がついていく。悔しくも差がつけられていく。
リスクテイクの習慣が成長をつくる
もはや能力の差ではない。環境でもないかもしれない。命運を分けているのは何か。何が違うのか。若い自分が現実を観察して出した答えが「日常的にリスクテイクする行動」の差でした。毎日少しずつリスクを取って自分のスキルと信頼を積み上げる。それを成果に変換する。そんな行動の差です。
リスクテイカー。それは生来の自信家だからこそできること。最初は単純にそう思っていました。
でも、さらに細かく観察していくと別の事実も見えてきました。それは自信家というような気質や性格の問題ではなく、リスクテイクのための、ある2つの習慣を持っているかどうかの違い。その2つの習慣を持っているからこそ、習慣的にリスクテイクできているということ。
1つめの習慣は、日常の中でリスクテイクの機会を逃さない習慣。多くの人がスルーするような普通の事実に対して、それを自分への挑戦の機会として仕立て上げていく姿勢。チャンスの種を見逃さない視点。
2つめは、リスクテイクに臆する気持ちをコントロールする習慣。人それぞれ気質や性格は違えど、デザインは成果主義が現実。成果のためには、自分の特性を乗り越える考えも必要です。自分の臆病な感情をてなずけるスキルを高めると、リスクテイクに踏み出しやすくなる。
高成長をとげるリスクテイカーには、実は臆病な人も多い。そんな人たちが、知ってか知らずか身につけていた2つの習慣を、今回は紹介します。
成長の循環を回すストレッチアサインメント
1つめ。日常の中でリスクテイクの機会を逃さない習慣が重要だと言いました。その具体的な機会というのは「ストレッチアサインメント」という言葉で表現されるようなものです。
ストレッチアサインメントとは、成長を促すために実力以上の仕事を与えるという意味の言葉です。実力同等の仕事を繰り返しても成長はない。かといって過度に高難度な仕事では破綻してしまう。その間のちょうどよい塩梅の仕事や課題を与えることが、ストレッチアサインメントです。タフアサインメントと呼ぶこともあるそうです。
でも、デザインの世界では、実はストレッチアサインメントの機会は希少なものかもしれません。なぜなら、デザイナーの能力に合わせて成果やタスクの期待値をコントロールできてしまうから。仕事を受ける段階で難易度を制御することができる。というか、トラブルを防ぐためにも、それをしなければならないのがデザインの仕事です。
特に近年のデザインの現場では、わかりやすい成果物を求めるよりは、不定形の事業成果に期待が寄せられます。ゴールが具象的でないがゆえに、プロジェクトが始まる前の期待値合わせが極めて重要になってきます。
このような状況で注意すべきなのは、自分の知らないところで周りが勝手に期待値を下げてしまうことです。マネージャーやプロジェクトリーダーがリスク管理として難易度を下げてしまうこともある。現場の様子をみながら難なく実行できるようにプロジェクトを調整してしまう。
主体的に意欲を示さずに、自然にアサインを任せていると、自分へのストレッチアサインメントは構造的には起こりづらいものなのです。上司や先輩が動いて機会を作ってくれることもありますが、それを待っていては成長が依存的になってしまう。なにより、与えられる機会よりも、自分でつかむ機会の方がプロジェクトへの動機が強化され、成長への効果も大きいものです。
成長のチャンスを逃さないリスクテイカーは、期待値合わせの段階のその現場に顔を出しています。自分が知らないところで自分の仕事のハードルが下がってしまわないように、そこに居合わせています。その場で自分の挑戦意欲を示して、その仕事が自分のストレッチアサインメントになるように周囲に促しています。
私が観察していたリスクテイカーたちは、依頼者との初回のディスカッションのような「期待値合わせの場に居合わせる」ことの重要性を知っていました。同時に、そこにいられるようにする習慣を身につけていました。初回のディスカッションに参加できるように、常にその機会に目を光らせていました。ストレッチアサインメントをセルフコントロールの中で行い、自分で自分の仕事の難度をほどよく上げていたのです。
臆する気持ちが、貴重な機会をスルーさせる
自分から動かなかったとしても、ときにはストレッチアサインメントになるような難易度のプロジェクトの情報が回ってくることもあるでしょう。
でも、そんな貴重な機会に気づかずに「自分では難しい」とスルーしてしまうデザイナーもいます。そして、結果的に2・3年上の先輩デザイナーが担当することになる。その先輩にとってそのプロジェクトは「ちょうど良い=実力相応」のものだからです。そして、何事もなくプロジェクトが実行され、終わっていく。ストレッチアサインメントの成長の機会が失われていくのです。
ストレッチアサインメントの機会を回避する判断は、一見すると合理的にも見えてしまう。周囲も自分もその機会損失に気づかないことも多いでしょう。
チャンスをスルーしてしまうデザイナーは、ストレッチアサインメントの概念を知らないというよりは、「自分が挑戦できる幅」を無意識に狭く見すぎているように感じています。客観的にみると、機会に対して無意識に臆しているようにも見えます。
自分が挑戦できる幅、つまりリスクテイクできる幅を狭く見ているというのは、必然的にその幅にはまる機会の数も少なくなるということです。自己評価が低すぎることで、重要な機会がスルーされてしまっています。
知らないことは怖い。だから「知る」
先述したように、私が見てきたリスクテイカーたちは天性の自信家というよりも、「リスクテイクに臆する気持ちをコントロールする習慣」を持っています。
実力以上の仕事は誰にとっても怖いものです。怯むものです。ついつい臆病の気配が胃のあたりから押し寄せて、その機会をスルーしようとするものだと思います。私が見てきたリスクテイカーも元来は同様でした。
そんな中で、リスクテイカーが第一に意識していたのは「知らないものは怖い」というシンプルな事実でした。
知らないものは怖い。知らないものは過大に難しく感じる。怖い感情があると自分を低く評価してしまう。そうなると貴重な機会を見逃し、成長角度は緩やかなものになってしまう。そうならないようにまず「知る」ことの重要性を認識していました。
成長のために、一番してはいけないのは自分を過小評価すること。自分を知るためには、自分以外を知らないと自分を相対化できない。だからこそ「知る」。
とにかく情報収集に努める。仕事が怖くなくなるように、とにかく調べる。人と会う。きょろきょろする。社内SNSを徘徊する。センサーを敏感にする。そんな習慣の中で物事を知れば知るほど、自分の前にある壁が大したことないものだと気づいていきます。
このような「知る」行動は、「感知」に近いものです。一般によく言われる「インプット=入力」の感覚では遅い。情報を「読み込む」感覚だと遅すぎて、恐怖心の方が先行してしまいます。
そうではなくて、素早く感知する。概要だけ軽くつかむ。主要な論点だけ把握しておく。書籍で言うところの、目次だけ見ておく感覚。それだけで「知らないものへの恐怖」の霧は晴れていきます。
さらには「一歩先を知る」感覚を持てるとなお良いものです。具体的には自分の3ヶ月後を意識して、その時に必要そうな情報を事前に感知しておく。近い未来に自分がやりたいことでも、市場や組織の状況から見て次に起こりそうなプロジェクトでもどちらでも良い。
その概要だけでも押さえておくと、いざその機会が回ってきたときに、臆せずにその機会を捕まえることができます。ストレッチアサインメントに自分を乗せられます。
ネットワークを張り巡らして、挑戦を和らげる
リスクテイカーたちは、さらにもう一つ、怖さを和らげるためにネットワークを張っています。何かあった場合に周りが助けてくれるように相互扶助の網を巡らしています。
ネットワークはギブアンドテイクの世界。恐怖に打ち勝つセーフティネットを張るためには、こちらから日々周りを助けたり、こちらから情報提供したりと細かく活動しています。助け合いの環境を無意識につくろうとしています。
デザインの世界に全知全能のプレイヤーはいない。誰しも苦手分野を持っています。その穴を埋め合うような関係を作ることで、ストレッチアサインメントの機会に対応しています。
虚勢を張ってアンカリングする
リスクテイカーは、恐怖心が顔を出さないように、ある意味で虚勢を張ることもあります。難しそうなことも、できそうな雰囲気を出して、自分が挑戦せざるを得ない状況を意図的に作り出してます。
キャリアは結局は挑戦の連続なので、どうあがいても恐怖心はついてくる。ならば、そんな感情にいちいち付き合わずに、「自分はできる」とアンカリングしてしまうほうが手っ取り早いという感覚です。
アンカリングとは、最初に設定した水準によって最終的な意思決定が左右される認知バイアスのこと。つまりは、最初に自分を「出来るやつ」と設定してしまうことで、自分も周囲もそれに引きづられるようにするということです。
機会は「できそうな人」にやって来るものです。虚勢を張るのは、人一倍の努力を要するしんどい方法ではありますが、リスクテイカーの何割かはこのような習慣を取り入れています。
デザインの仕事は、常に世の中の技術的変化を伴ったものになりますので、「誰もやったことがない」プロジェクトがたびたび発生します。そんな案件に真っ先に声がかかるのも、こんな虚勢タイプだったりするものです(そして、虚勢タイプは誠実な努力家であることも多いので、そんなプロジェクトをちゃんと成功させるのです)。
あの人だったらどうするか?
「ビビッて足がすくみそうなときに『あの人だったらどうするかな?』って自分を鼓舞するようなリファレンスを作るようにしている。」
あるリスクテイカーが、私にそう教えてくれたことがあります。難しい仕事に怯んでしまいそうな時にどうしているか、という話題があった時に、彼がコメントしてくれたことです。
さらに、そのリファレンスは、架空の人物のほうが手が届かない目標として良いかもしれない、とも付け加えてくれました。
リファレンスというのは、ある意味で「メンター」とも言える存在でしょう。メンターをモデリングすることで恐れを克服できる。「その人なりの恐怖の克服方法」が確かに存在しているのだな、と今でも印象に残っています。
臆病にならなくなったら停滞か
私自身は、今でも難しい仕事や新しい仕事に臆病になりそうなことがあります。というよりも、そんな恐怖を感じるくらいの鮮度や難度の仕事でないといけないとも同時に思っています。
安全圏に入って、難なく仕事してしまう感覚は、デザインの世界には似合わない。なぜならば、世界が新しくなるのと同じように、デザインの仕事が常に新しくなっているからです。怯まないことは精神的な成長であると同時に、挑戦を失った停滞の像でもあると言えます。
ちょっとビビりながらも、そんな感情を手懐けながら仕事している状態がもっともパフォーマンスが上がる。成果のために勉強する。臆病を退けるために努力する。20年現場を見ていても、それは真実なのだと思います。
臆病や低い自己評価は生理的な現象。でもそれを放置すると致命的。臆病は身体反応と割り切って、自分なりに手なずけ続けていく習慣が必要なのだと思います。
※今回は「リスクテイク」を軸にデザイナーの成長を考えました。下記では、「リサーチクエスチョン」の考えから、成長や成果を語っています。合わせて読んでいただけると、成長の実像をクリアに見ていただけると思います。