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『昨日の自分を蹴っ飛ばす』

オレは、テメエの書き物に酔いしれていたくはない。だから下らない行為をちゃっちゃと終わらせたかった。頭脳をフル回転させて一時間足らずで初の長編を書きあげた。オレは天才だと思った。出来上がったのはノリと勢いだけで書いたとんでもない駄作だったが。

そいつは例えばの話、駱駝のカッコをしているくせにクラウチングスタートで駆け出そうとしている、そんな滑稽な生き物に思えた。けれど野球場に乱入した小型犬がスルスルと人の手から逃れるように、中々捉えられない。実はゲームはダブルヘッダー、トリプルヘッダーと立て続けに続いている。犬は捕まらなくてもオレはそうやって次の著作、次の著作をグイグイと書いていくつもりでいた。

オレは明日の死を恐れない。自分の心変わりが怖くもない。最近乱視がますます酷いが。体が加齢と共に朽ち果てていくが、少年の心のままのオレは思考停止になるのも構わずに、次へ次へと書いていた。

オレは宇宙の摂理に抗った。
意識スピードを上げる(実は自分を取り巻く時間が加速しただけだ)
一億回の考え事全てを思い付くまま紙面に落とす(自分で自分の寿命をはるかに超越する事とは気付かずに)
ノロマで滑稽な物書きだ(オレにとっては全速力だが)

錆びた鉄粉が舞い散る、黒煙で視界が霞むオモチャみたいな街の中を、死んだ目をした人間たちを載せた列車がトロトロと走る。昨日の自分が最後尾にいる。大事そうにテメエの著作を抱えて。

昨日の自分を蹴っ飛ばす(オレはしばらく日銭を稼いでいないから)
オレは今日から働くことにした(運動不足解消の為に)
あっという間に次の著作を思い付いた(テメエでテメエの人生が面白れえから)

明日の朝になっていた。よくなついている猫が股ぐらでちゃっかりイビキをかいている事に気付かずに。

野球場のあの小型犬は無事場外へ逃げおおせたらしい。オレは明日から鉄の街で解体の仕事にありつけそうだ。オレはもう今日から次の著作を書きはじめている。

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