夏の思い出

今日のお題は、夏の思い出。

夏といえば、スイカ、花火、セミ、扇風機、アイス、海…。「夏といえば」に当てはまるものってすごく多くて、しかもひと夏中有効な物が多いから楽しい。例えば「冬といえば」と言っても、暖炉、雪、クリスマス(時期限定)、お正月(時期限定)…みたいに、少ない。だから夏が始まる直前とかとてもテンションが上がる。夏が死ぬほど暑いということも忘れて。なんで忘れちゃうんだろうね。きっと夏を思い出させるものの多くが、例えばスイカとか海とか扇風機とかアイスとか、冷たいからだろうね。スイカの、海の、扇風機の、それらの冷たい感触が夏を美化する。

そして結局夏が始まると、もう暑さに簡単にやられてとにかく冷房の中に引きこもろうとする。

でも季節が巡って秋になると、もう夏が恋しくなる。なんなら、8月の中頃に一瞬吹く少し冷たい夜風だけでも、もう夏が恋しくなる。夏は魔物だ。

一方で、僕の夏の思い出にはひとつ、どうやったって夏のうだるような暑さを思い出させるものがある。それが、炎天下の中の海釣りだ。まず、釣り場には基本的に日陰がない。そして、地面は灼熱の砂またはコンクリートであることが多い。海は燦燦と降り注ぐ日光を乱反射して目を焼き尽くし、降り注ぐ紫外線は肌を焦がし髪をチリチリにする。ただでさえ天パ髪なのにそれが潮と紫外線でかちこちになってタワシになる。

友達で、東京に住んでるやつを江ノ島に連れて行って釣りをしたことがある。彼はほとんど海を見たことがないらしく、海についた途端「うみだーーーーー!!」と言って興奮しながら走り回っていた。そして、上裸になって、友達に言って日焼け止めで背中に亀と書いて丸で囲ってもらった。そう、亀仙人になろうとしたのだ。

その日の釣りでは、彼はビギナーズラックを発揮してシタビラメを釣り上げた。シロギスも何本か。僕は経験者ながら下手くそなので、その日は確か小さいサバか何かしか釣れなかった気がする。水筒が空になってクーラーボックスの氷が解けきって、それらの根本的原因たる太陽が沈むころ、さあもう十分だなと荷物をまとめた。彼の背中は、痛々しいほどに赤く焼け、そこに白くいびつな亀の文字が浮かび上がっていた。その不自然な白さを、日焼け止めを塗るたびに思い出す。

炎天下の釣りは苦行だ。なぜわざわざ最も暑い時間に最も暑い場所で延々と竿を振るのか、わからない。40℃近い砂浜を10時間近く歩き回ることもある。疲れ果てて帰ってきて風呂に入って日焼けの痛さに悲鳴をあげる。

それでも、どうしてもまた行きたくなる。あれ、冷たい風物詩で美化されなくても夏って恋しいのかな。うーん。やっぱり夏は魔物だ。

そういえば、今年はまだ灼熱釣行をしていない。雨ばかり降っている。この雨が途切れたら、また行きたいな。

おやすみ。今夜は釣りの夢でも見れるといいな。

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