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眉毛は抜くな | 12歳(2010年)

 小学五年生の時、新しく音楽担当の女の先生が赴任してきた。

当時四十歳前後だったと思う。最初の授業で黒板にとても美しい字でフルネームを書き、自己紹介もそこそこに「私の名前の字面、すごく綺麗でしょう?自慢なの!」といきなり字面の美しさポイントを説明し始めインパクトを残した彼女は、その美しい名前の名字にちなんで「濱ちゃん」と子どもたちから呼ばれていた。

 濱ちゃんは身長が高くて、声も大きくて、面白くて、もちろんピアノも歌もとてもうまくて、すぐに子どもたちの人気者になった。私もそんなパワフルな濱ちゃんが大好きだった。

濱ちゃんには私より一歳年下の娘さんがいて、隣町の小学校に通う濱ちゃんの娘さんは私と同じ中学受験塾に通っていた。濱ちゃんから「中学受験生の先輩として教えてほしいんだけどさあ…」と相談を受けることもあり、その度に「濱ちゃんの娘さんは、濱ちゃんがお母さんで羨ましいなあ」と思ったりもした。

 濱ちゃんには小学五年生から小学六年生まで音楽を教えてもらった。
小学六年生の最後の音楽の授業の日、たしか二、三曲歌って音楽の授業としての時間は終わった。その後残りの時間で「人生の授業」が始まった。

濱ちゃんが「みんなに最後に伝えたい人生の教訓の話をします」と言って、音楽室の黒板の五線譜に上書きする形でいくつかの言葉を書いた。

そのうちの一つが「眉毛は抜くな」だった。

「みんな、いい? 先生が若い頃、細い眉毛が流行りました。その時に何回も眉毛を抜いちゃった友達は、今ぜんぜん眉毛が生えなくて後悔してます。眉毛は抜きすぎると生えてきません。だから、眉毛は剃ってもいいけど抜くな!剃れ!」

みんな大爆笑だった。「眉毛は抜くな」が美しい字で書かれているのが余計に面白い。残念ながらこのときに濱ちゃんが話していた他の教訓は覚えていない。

私は「眉毛は抜くな」という教訓を胸に小学校を卒業した。

 卒業後、私立の中学校に進学したこともありそのまま小学校の同級生とは疎遠になってしまった。みんな元気にしているだろうか。濱ちゃんの教えを覚えている人はいるだろうか。

私は眉毛の処理をするたびに濱ちゃんを思い出し、眉毛が永遠に生えてこなくても良いと思うような部分でもなんとなく抜かずに剃ってしまう。
未来から見たら2023年の眉は激細眉かもしれないし。ね、濱ちゃん。


 こんなことを教えてくれる先生は、後にも先にもいなかった。


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