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書いたものを読み直して感じた、「添削」の大切さ
ある日のこと。
5か月前に書いた、読書感想の記事にいいねが来ました。
上の記事ですね。
そういえば最近、本を読んだ時の感想を書くのサボっていたな~なんて思ったり。あるいはつぶやきで済ませてしまったり。
……そういえば、私って昔はどんな文章を書いていたんだろう?そう思い読み直してみることにしました。
すると、自分の文章の稚拙さを目の当たりにすることになり凄まじい羞恥の念に晒されることになりました。(そもそも昔の自分が書いたものを見返すというだけでも結構恥ずかしい体験になるというのはありますが)
今回は記事を添削しつつ、自分が文章を書く際の悪癖を自省してここに記していこうと思います。
①同じ接続詞・副詞を使うことが多い。
私がついやりがちな癖です。
例えば接続詞の場合だと「また~」を使うことが多いですね。上記の記事でもそうです。話を切り替える際に便利で、つい使ってしまうんですよね。
気が付いたときにはせめて別の接続詞を使うように心掛けたいです。
また接続詞を短期間に連続で使いすぎると話がうまく切り替えられずマンネリ化してしまうため、例えばこういった小見出しを活用してメリハリを付けられるような構成を考えていきたいところ。
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おかげで私が子供の頃に書いた読書感想文の構成はどれも似たようなものばかりだった気がします。
②同じ内容を復唱しがち。
皆さんは小泉新次郎構文というのをご存じでしょうか。
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いわゆる、前文と後文の内容がまるっきり一緒になってしまう、という小泉進次郎の演説の癖がネットミーム化したものです。
これ、結構自分に当てはまります。
上の記事でも一つ前の段落で触れていた内容をそのまま書いてしまっていたりとか。とくに「まとめ」となる部分を書く際に顕著です。当時なんで気づかなかったんだろう。
これからは自分が書いたものは誰かに読んでもらうといった意識をもって、まずは記事をアップする前に全体の構成を見直すことから始めようと思います。面倒でサボっていただけで、以前から文章の添削はしなくてはと思っていたのですが…….
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上記の記事をいいねしてくれたのがこの作品を書いた作者さん本人であるらしく、
敬愛する作家さんにあまりに拙い文章をお見せしてしまってすごく恥ずかしい思いをしたというのがきっかけであります。
これからは人に見られるという意識をもって書いていこう……