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『猫さんの決断』No.2

猫さんは忘れていた。

博物館が再開した影響で、小野さんはあまり自治会館に来なくなった。本業が忙しくなったお偉いさんは、会館の管理を小野さんから商店街のオヤジに引き継いだが、オヤジも多忙で、ほとんど会館に来ることはなかった。

会館に残されたチョビヒゲ猫は、かつてのやる気がウソのように、ぼんやりしていた。時折バタバタと用達に来る商店街のオヤジは、チョビヒゲ猫の様子を見て、人間で言う燃え尽き症候群かもしれないと、高齢者用のご飯を置いていった。

木の枝であちこちの井戸を探っている猫さんは、全体的に地下水の水位が下がっていると感じていた。自治会館に戻り、チョビヒゲ猫にそのことを話すも、面倒くさそうに、ただニャアと鳴くばかりだった。

猫さんは悲しかった。あんなにイキイキと地域の会合や、猫の暮らしを良くする会議で発言していたチョビヒゲ猫が、今では別な猫になってしまった…

猫さんはふと、あの沼の主からもらったピカピカの枝をチョビヒゲ猫に見せてみたらどうだろうと思い立つ。縁側で丸まっているチョビヒゲ猫を散歩に誘ってみると、最初とても嫌がったが、縁側の日差しが少しだけ暑くなり、玄関から吹く風がとても爽やかなこともあり、渋々重い腰をあげた。

2匹で散歩をするのは久しぶりで、猫さんはウキウキしたが、ここしばらくずっと会館にいたチョビヒゲ猫の歩みは遅かった。その上、刺激が少ない生活に慣れたせいか、ささいな音にいちいちビックリした。そんなチョビヒゲ猫を見て、猫さんは、なんだかとても寂しい気持ちになった。せっかく気晴らしの楽しい散歩に来たのに…

横断歩道を渡り、大きな団地の横にある茂みを抜けると、あの沼が現れた。今日は主こそいないものの、数ヶ月の間、雨ざらしになっていたピカピカの棒は、不思議な事にピカピカのままだった。猫さんが自慢気にその棒をチョビヒゲ猫に見せると、チョビヒゲ猫は怪訝な表情で、クンクンと匂いをかいだり、引っ掻いたりした。

しばらくチョイチョイして、ようやく気に入ったのか、チョビヒゲ猫が体をひねりながら大きく遊び始めた瞬間、伸びていた爪に弾かれたピカピカの枝は、再びトポンと沼に落ちてしまった…



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