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『イワノキツネ』№16

キツネは自治会館で開かれた子供会の催し物で、肝試しのメインとして見事なテーブルに化けて、時折ガタガタテーブルを揺らしては子供たちを大いに怖がらせた。

猫さんは地域猫宛に届くキャットフードの受付と、新しく出来たパントリーの管理を任された。チョビヒゲ猫は、相変わらず防災倉庫の点検と、大小様々な会議を精力的にこなしていた。

キツネはあっという間に自治会館の名物となり、地域で有名になった。地方ローカルが取材に来たり、全国からマニアが訪れて变化する姿を動画に撮ったり、キツネの動きを模したダンスが流行ったり、最近の会議では新しい観光として、街をあげてキツネを大々的にアピールしようという案まで出るようになった。

チョビヒゲ猫はそんな人々の盛り上がりに、少し嫌気がさしていた。猫さんも、日々思いの外大量に届くキャットフードの山に嬉しい反面、賞味期限が過ぎている物が多かったり、そもそもフードを買いすぎているのじゃないかしらと、人間の購買活動そのものに疑問を持つようになっていた。渦中のおキツネ様は、何やら思うところがあるのか、時々とても寂しそうに、そしてひどく疲れ切った様子で、1人静かにお盆にうずくまっていた。

地域はいい事ずくめになったのに、なぜか会館の動物達は疲弊していた。困っていた地域猫達にもご飯が行き渡り、争いは激減していると聞いていたが、野良猫そのものをあまり見かけなくなった。さかんになった保護猫活動の成果ではあるのだが、なんとなく街は殺風景になった。

猫さんもチョビヒゲ猫も、備蓄倉庫での気ままな暮らしが懐かしく、あの頃に戻りたいとさえ思うようになった。そして岩になったおキツネ様は、最初からそうであったように、ある日突然自治会館から姿を消した。

多くのキツネの祠がそうであるように、九尾の大狐もまた、自治会館という大きな祠をあとにした。猫さん達は、キツネの突然の旅立ちをもちろん寂しく思ったが、なんとなく予想はしていた。あの大きな9本の尻尾を自由にうねらせて、どうぞ思う存分、広い世界を飛び回ってくださいと思った。

その頃商店街では、おやっさんがおキツネ様に用意した、特注の溶岩石で作られた立派な祠がお披露目されていた。気まずそうにおえらいさんが、おキツネ様が自治会館からいなくなったと伝えると、おやっさんは驚きもせず、ガハハと笑った。

「だからこそ八百八の煮物を供えるんだろうが」

そして「キツネとはそういうものだ」とも言った。猫さんはこのおやっさんがあまり好きではなかったが、よくわかっているなと感心する。

きっとお腹が空いたらキツネはまたここに戻って来ると信じて、お供えの煮物に期待しようと思った。おやっさんは意外とキツネの祠を管理するのに向いているかもなと、猫さんはおやっさんの素質を改めて見直した。

ほどなくして自治会館の混雑は落ち着き、商店街のおキツネフィーバーも、2週間もするといつもの賑わいに戻っていった。

ある日猫さんが買い出しで商店街を通った時、溶岩石の祠にお供えしてある八百八の煮物が少し減っているような気がした。おやっさんが馬券が当たったと騒いでいたので、きっと人知れず、おキツネ様が戻ってきたのだと嬉しくなった。

猫さんは、自治会館のキツネがいた板の間に白い石を置いて、時々眺める。すると、ふと小ギツネの声が聞こえるような瞬間がある。猫さんは白い石の側でゴロゴロと丸まりながら、いつか夢で見た不思議な岩のある海へ行ってみたいなぁと想像する。

どこなのかもわからないし、行き方もわからないが、猫さんは白い石を持っていれば、必ずそこへたどり着けるような気がしてならなかった。忙しい地域の会議が一段落したら、チョビヒゲ猫を誘って行ってみようと、まどろみながら猫さんは思うのだった。


【第1部 おしまい】



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