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◆レビュー.《映画『レイニング・ストーンズ』》

※本稿は某SNSに2018年9月2日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 ケン・ローチ監督の映画『RAINING STONES』見ました!

ケン・ローチ 『RAINING STONES』

 タイトルの「レイニング・ストーンズ(raining stones)」は「石が降ってくるような辛い生活」という意味。

 ケンお得意のテーマである「サッチャリズムによって格差が広がった社会の底辺でもがき苦しむ低所得者層」の生活を描いた作品。

 イギリスの低所得者層の生活を描いた作品というモティーフは先日見た、同じケン・ローチ作品の『リフ・ラフ』と同じだが、『リフ・ラフ』のほうは独身の若者層に焦点を当てているのに対し、本作は結婚して家族ができ、子供を産んで育てている中年層の生活状況を描いている点が違っている。
 主人公のボブは中年の失業者で就活の真っ最中。失業手当で何とか生活している一家のお父さんだ。

 ボブの娘である7歳のコリーンをもうすぐ教会の聖餐祭に出してやらねばらないのだが、そのためにはコリーンに聖餐祭用のドレスを用意しなければならない。

 ボブは見栄っ張りなので、自分の娘に、他人が着た中古服や他人に見劣るドレスを与えるのは我慢ならない。娘に最高のドレスと最高の思い出をあげたいと、あれやこれやと奮闘するのだ。ここのあたりの展開は愉快なコメディ・タッチになっている。

 だが、ボブは絶望的なほど不器用な人間なのだ。

 友人のトミーと一緒に他人の放牧地を走り回ってへとへとになりながらも羊を一頭盗み、売ってみても大した金にならなかった上、不注意で自分の車を盗まれてしまう始末。ディスコの警備員になってみたら一日でクビになってしまう。
 さらにはボブの妻も妻で、夫を支えようと洋裁のアルバイトに応募してみたら、下手糞すぎて仕事をする前にクビになってしまう。

 ボブも親友のトミーも、基本的には陽気で素朴に善人な普通の一般人だ。
「30年働いて身に着けた技術が役に立たなくなってしまって、仕事先に困っている」というのは、日本でも似たような人は大勢いるのではないだろうか。

 ボブやトミーはさほど大きな仕事もできない、アホで不器用で能天気な極々凡庸な一般人にすぎない。決して悪い人間ではない。
 こういうアホで能天気な善人らには、不幸になってほしくはないものだ。

 また7歳になるボブの娘のコリーンが滅茶苦茶可愛いのだ。こんな娘だったら、確かに死に物狂いで働きたくなるのも分かる。だが、ボブは一生懸命に仕事を探して様々な仕事に手を出すけれど、何をやっても娘のコリーンに最高のドレスを贈ってあげられるほどのお金を稼ぎ出すことができないのだ。

 ボブはその内、妻に内緒で借金に手を出すようになる。しかも、その借金が焦げ付いて、高利貸しにお金を借りてしまうことになる……。その高利貸しは、ヤクザのように暴力的に借金を取り立てる最悪の連中だった。
 ボブに金を貸した高利貸しは、遂にボブの家まで乗り込んできて、妻と娘を脅してどんな手を使ってでも取り立てると宣言する。

 そうやって前半のコメディ・タッチの展開が、後半に行くにしたがってだんだんと暗雲が立ち込める展開へと変化していく。

 普段は呑気な男であるボブは、妻と娘を脅されたことで顔色を変え、スパナをもって高利貸しを殺しに行こうと決心するのだが……。

 ラスト、どうなってしまうのか? ボブは高利貸しを殺害するラスコーリニコフになってしまうのか?  ボブは幸福をつかめるのだろうか?

 ケン・ローチ監督は、いくつもの悲劇を描いてきた監督だ。

 本作は果たして、悲劇になってしまうのか? それとも、ボブはいくつもの障害を乗り越えて、ハッピーエンドを迎える事ができるのだろうか?
 どちらの可能性もありえる展開なので、ラストの展開は思わず引き込まれてしまった。

 本作は、ぼく的には今まで見たケン・ローチ監督作品の中では最も好きな作品になった。

 本作のラストの展開は、ぼく的には納得のいけるような解決だとは思っていないし、観客にもやもや感を抱かせてしまう種類のものだろう。だが本作のようなテーマでは、勧善懲悪のエンタテイメント作品のようなスパっと簡単に割り切れるものではないし、そういうもやもや感をあえて残したのは、ひとえにケン・ローチの真面目さ故なのではないかと思ってしまう。

 ラストの辺り、ボブが教会の神父さんに「おれは敬虔なカトリックで、神を信じています。でも……食えません」と泣きながら訴えるシーンが、ぼくには一番心に残っている。
 こんなに敬虔なクリスチャンの上にも、神は恩恵を与えてくれない。


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