『ますをらぶり?』イントロダクション
このイントロダクションは、以前書いた女子高校生が瀬戸内寂聴や大庭みな子や三浦哲郎の作品を読む小説の続篇(?)です。
今回は太宰治の「右大臣実朝」を取っ掛かりに源実朝について女子高生三人組がアレコレお話をします。
前回までのお話は以下よりご覧いただけます。
門を出て、春の陽光が体に注がれるだらうと云ふ予感は不意に砕けた。ユズコの肩を叩くミナコ先生の手が、彼女の浸つてゐた予感と云ふか、夢想と云ふか、さういふ像を打ち払つたのだつた。
「授業中に関係ない小説を読んでゐたでせう?」と先生。
確かにユズコの机上には電子辞書が置かれてゐて、その劃面には青空文庫の小説が表示されてゐる。
ユズコは申し譯なささうに謝つてゐるけれど、それを遠く眺るアオイもまた心中でユズコに謝つてゐた。
──ユズちやん、私が本を勧めたせいで怒られて……ごめんね。
静かに机に座すユズコと教卓に戻るミナコ先生を視界の端に見てゐるユイは、巧妙に歴史資料集で隠した新潮文庫の頁を繰つた。横長の大きい資料集は、広げると机と本の間に文庫本が丁度入りさうな隙間が出来る。
──ユズコは隠すのが下手なんだから、授業中に読まうとしちやダメだよ。
ユイは余裕の風情で板書をノートに書き写し終へる。
ユイとユズコが先生の目を忍び読んでゐるのは、太宰治の「右大臣実朝」である。
「「右大臣実朝」は太宰が戦中に発表した作品なの。「右大臣実朝」と云ふタイトルを「ユダヤ人実朝」と勘違ひして、太宰は実朝をユダヤ人として取り扱つてゐる、なんて誹謗中傷もあつたくらい、とにかく多くの文学者にとつて先の戦争は圧力があつて創作を断念せざるを得ない時代だつた。でも──」
「太宰は違つたんだね?」
アオイの長い説明の最後をユズコは引き取つてニンマリ笑つた。それは人の台詞を奪つてやつたと云ふ悪戯心から生まれた笑顔ではなくて、アオイがこの小説をユズコとユイに紹介したいと云ふ興奮を共有した笑みだつた。
「良いね。読んでみたくなつたよ「右大臣実朝」!」
ユズコは笑顔をそのままに休み時間の教室全体へ広がるやうな声でアオイに言つた。
「お、また読書会開催の流れか? 私も読みたいしやらうよ。」
ユズコの興奮にほだされてかユイもユズコより小さい声ながら面白さうにアオイへ肩を寄せた。
「本当に良いの? 「右大臣実朝」で? 自分で話しておいて何だけど、太宰なら『斜陽』とか『人間失格』とか幾らでも読むべき作品はあると思ふのだけど。」
アオイは急に読書会の話がまとまつてゐることに当惑してゐた。彼女はただ最近読んだ本に就いて話してゐただけなのに……
「大丈夫。アオイちやんはその作品を読んで面白かつたんでせう? なら私も読みたい!」
「私たちはアオイのオスゝメした本が読んでみたいの。だから太宰ならどれとか特にこだわりはないんだ。」
ユズコとユイは揃つてアオイを見つめた。アオイは少し視線を泳がせて窓の外を見る。まだ日は高く、次の授業が体育の生徒たちを真上からギラギラと照してゐる。前回の読書会から一月が経たうとしてゐた。
「じやあ「右大臣実朝」で読書会をやりませう!」
アオイがユズコとユイの方を振り返つて言ふと、やつたあ、の声が重つた。
二人の楽しさうな笑顔にアオイが当初抱いてゐた「この作品に関して楽しく話し合ふことが出来るだらうか」と云ふ不安が解けたやうな気がした。
「ところで、」
急に真面目な顔でユズコが切り出した。
「サネトモつて誰?」
続きは下リンクにてお読み頂けます。
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