『ますらをぶり?』第五回──そのプロトタイプ

前回分は上記記事でお読み頂けます。
この回は大きく加筆修正したので、プロトタイプとします。加筆版は改めて『ますをらぶり?第五回』として掲載します。

 女子高生はタリーズコーヒーへ出掛るものなのかと云ふ指摘を前作発表の際に受けた。女子高生にとつてタリーズコーヒーは敷居が高いのではと云ふ由。もちろんユズコたちは架空の女子高生であるから小説外の女子高生たちがタリーズコーヒーに行かづとも彼女たちはタリーズコーヒーで読書会をするのだと抗弁して差し支へないやうに思ふ。
 しかしユズコたちには作者の意図を飛び越へた大変自由に振る舞ふ力強さがあると思ふ。だからタリーズコーヒーがダメならドトールにしやうかな等と云ふ考へに妨げられることなくマクドナルドに集合した。
 そこは数日前にアオイがオカルトに傾倒してゐたと告白したファーストフード店とは別の、長年渋滞を引き起してゐた幹線道路が拡張したことで突如出現した新しい店だつた。
 前回の読書会ではユズコが最後に遅刻して到着したが、今回は珍しく一番に店で待ち構へてゐて、まさか先にユズコが来てゐるとは思はないアオイに存在を感知されないなどの事件が起きた。
「アオイちやん酷いよ。わたしのこと無視して全然違ふ席に座るんだもん。」
「ごめんね。物凄い似てる人がゐるな、とは思つてたんだけど、まさか本人だつたとは。」
 ひどーいと話してゐる所へ集合時間の五分前を目指して家を出たユイが予定通り到着した。
「アオイおはやう。隣のユズコに似てゐるひとはどちら様?」
「本人だよ!」
「え!」
 かうして早々三人が集つたので、各自ドリンクやポテトを買ひ、早速読書会を始めやうと云ふことになつた。
「さて、まづあらすじの紹介と云ふか振り返りをしておきたいんだけど、私が話しても良いかな?」とユズコが切り出した。
「お、めつちや乗気ぢやん。」
「ぢやあユズちやんからあらすじの紹介をお願ひします。」
 ユイとアオイの二人に促されたユズコは姿勢を正して息を吸ひ込んだ。
「まづ、この話は鎌倉幕府三代将軍の源実朝が亡くなつた後、実朝の傍に就て世話をしてゐた従者が回想すると云ふ形で書かれてゐます。あとこの従者は誰かに向けて書いてゐると云ふのも重要なポイントかなと思ひます。回想の内容は、もちろん実朝──小説のなかでは将軍家と呼ばれてゐるけど──のことで、一貫して実朝を褒め讃へてます。褒める余り他の人や自分自身をディスると云ふか下げるやうに書いてゐる部分が目立ちます。」
 日曜日のマクドナルドは未だお昼とはならないので人々で満載と云ふ譯ではないけれど賑やかな喧騒に充ちてゐる。それは数日前の驛前で実朝の話をした時と同じだけれど、今の三人は実朝に関して多少知つてゐて早く考へを話したいと云ふ焦りに近い感覚を共有してゐた。別に焦らづとも良いのに。
「あれ? なんかあらすじの話、出来てない?」ユズコはふと思ひ至つた。
「うーん、この小説の〈あらすじ〉と云ふものを話すのは難しいかも。」アオイが文庫本を見つめてゐた目を上げて言つた。
「実朝の生涯は作中で度々引用される吾妻鏡に記されてゐて、並走するやうに語られる従者の証言と吾妻鏡との差異が重要なんだと思ふ。」
「実朝がどんな人生を歩んだのかはウィキペディアとかユズコが授業中読むのに使つてた電子辞書でも調べられるしね。」ユイがアオイの言葉を受けて言つた。
「さうだよね。うーん差異か……わたし途中から面倒になつて引用の部分は飛ばして読んぢやつたんだよね。」まあ面倒だよねとアオイもユズコに同調する。
「私も確り読めてるか怪しいけど一応なんとなく読んだから後で引掛つた部分に就て話したいんだけど、その前に二人共この小説面白かつた?」
 アオイが問ひ掛けてユズコとユイの二人を見つめると二人はよく分らない顔になつた。
「余りピンと来なかつた?」
 アオイが言ふと二人揃つてイヤ……と言つた。が二の句は直ぐに出て来なかつた。先に話し出したのはユズコだつた。
「うーん今まで読んだ小説とは一寸違つた雰囲気で、面食つたと云ふか、面白がり方? みたいなものが普通と違ふかな?」続けてユイが、
「さうさう、ただ話の筋だけを追つても、たぶん面白ひんだと思ふけど、今回は読書会をやるつて前程で読んだから、どんなことを話さうか探しつつ読んでゐた感じで、その探すのは結構楽しかつた。」と言つた。
「実朝の最期を知つてから読み返すと所々で死の影が見へて切なくなつちやつた。さう云ふ所が読んでて面白かつたかな」ポテトを摘まみながらユズコが言ふ。
 ユズコとユイが小説の話で俄かに賑やかになつて、アオイは少し安心した。
「ぢやあ二人共何か気がついた部分とか面白かつた部分はある?」
 またアオイが問ふ二人は文庫本についてゐる付箋の頁を繰つた。
「あたしから良いかな?」
 ユイが付いてゐた付箋をフライドポテトの入物に付けながら言つた。
「この小説つて聖徳太子のことがよく出て来るでせう? ここがまづ気になつたんだよね。」
「確に度々言及されるよね。吾妻鏡にも記述があるから実朝と聖徳太子に関係が全くないと云ふことはないんだらうけど、目立つよね。」
 アオイはさう言ふと文庫本を逆さにして机に置き、ドリンクのカップに口をつけた。
「それでピンと来たものがあつてね。厩戸王子を描いた山岸凉子と云ふ人のマンガで『日出処の天子』つて云ふのがあつて、あたしはこの太宰治の『右大臣実朝』は、『日出処の天子』と同じことをしやうとしたんぢやないかと思ひながら読んでたのね。」
 これがその『日出処の天子』なんだけど、とユイは持つて来てゐた鞄から大判の本を取り出した。
「ユイちやんは太宰が『右大臣実朝』で描き出さうとした実朝の姿と、この山岸凉子が『日出処の天子』で描き出さうとした厩戸王子の姿は同じとか似てるつて思つた感じ?」
「さう、これを語つてゐる人が実朝を神々しい人として色々な伝説を伝へるでせう。あの辺りは似てゐるやうな気がするんだよね。」
 ユイの感想を聞いたアオイは、なるほどとマンガの表紙を見つめる。白地に箔押しの「日出処の天子」と云ふ文字が両サイドにあり、中央に妖艶な微笑み浮かべる厩戸王子が刀を持ち流し目に佇んでゐる。
「一寸見ても良い?」
 二人の会話を聞いてゐたユズコが机上で今一番大きい本を指さして言つた。はい、とユイが手渡すと連動して表紙を見つめてゐたアオイの視線もユズコの方へ向く。アオイに顔を見られてゐることも知らないでカラー頁を繰り、作品世界をパラパラと眺るユズコを見ながらアオイは面白い指摘だと思つた。
「面白い指摘だと思ふ。私もこの小説で度々厩戸王子の話が出て来ることは引掛るポイントとして見てゐたけど、さうか厩戸王子と重ねて実朝を描かうと云ふ発想は納得できる。」
「やつぱりさうだよね! 厩戸王子が出て来る部分気になるよね。」
 ユイは少し興奮気味──と云つてもユイにしてはと云ふレベルだが──にアオイの方へ顔を寄せた。
「うん。私が気になつたのはね、実朝つて前にも言つたやうに歌人としても後世名を残す人で、その和歌の師匠と云ふか影響を受けた人物として藤原定家がゐるんだけど──」
「テイカ?」
 マンガの頁を繰つてゐたユズコが素頓狂な声を出したので互いの顔を見合せながら話してゐたアオイとユイは、その方を思はず見た。
「知つてる?」とアオイ。
「テイカ……サダイエと書くテイカ?」マンガを閉じ、確認する声音でユズコは開いた。
「さうさう、サダイエとも読むけどテイカの読み方の方が一般的な感じのする定家だよ。」
「あれだよね、あの、百人一首を作つた人。」
 さう藤原定家はカルタで有名な小倉百人一首を編んだ人物で、
「それから古文の授業に出て来たりする新古今和歌集をまとめた人でもあるの。正確にはまとめた一人と云ふのが正しいと思ふけど。さう云ふ定家に実朝は影響を受けてるのね。それは実朝が和歌を作り始めた年と新古今集完成の宴が催された年が同じと云ふ所からも分るやうな気がするけど。」
 ユズコが頷きながら机に体を預けてアオイの顔をジツと見つめる。
「さう云ふ影響を与へた定家に就ての記述が前半は殆どないのね。代りかだうか分らないけど厩戸王子の記述が多い。これは実朝の意識が定家より厩戸王子の方に支配されてゐたからと云ふよりも、実朝の伝説を語る元従者、そして太宰治が実朝に厩戸王子を惹きつけて書いてゐるんだと思ふ……つまりユイちやんの言つた考へは正しいやうに私には思へると云ふことなんだけど。だうだらう?」
 アオイの話を聞いて最後に問はれた二人は納得した風情で、ふむふむと頷いてゐる。
「あたしは漠然と思つてゐたことが説得力を持つて嬉しい。」
 さう云ふとユイは思はづ照れて、視線をアオイとユズコの座つてゐる間の中空へ移してドリンクのカップを取つて飲んだ。
「ユズコはだう思ふ、さつきの話は?」カップを置いてユイは聞いた。
「うーん。わたしはこの『日出処の天子』を読んでないし、さつきも言つたけど引用の部分も飛ばしちやつたから、あんまり云へないんだけど、ユイちやんとアオイちやんの言つたことは何となく分ると云ふか、いまパラパラ捲つたら。ほらこことかメツチヤ怖い顔して人間ぢやないみたいでせう?」
「あー厩戸王子が初めてちやんと登場する所ね。それとね……一寸貸して。」
 ユイはユズコの開いてゐたマンガをそのまま受け取つて頁を「えーとどこだつけ」と言ひながら繰つた。
「あ、ここなんか凄い魑魅魍魎が出て来るの。こことか深夜に厩戸王子が毛人(えみし)の所に一人で現るの。毛人が火桶を取りに行つて戻つて来ると消えてるんだけど、かう云ふ所が、かうなんて云ふか……さつきのユズコが言つたみたいに人間ぢやないみたいと云ふか。」
 ユイはユズコの方を向て掌をフルフル回しながら何と言はうか考へてゐる。その顔を笑顔で見ながら今度はユズコが話を引き取る。
「魔女つぽいつて云ふのか魔的と云ふのかな? とにかくさう云ふ存在としてウマヤドノオウジ? をこのマンガは描いてると思ふの。で実朝なんだけど、この本の一五二頁に

そのやうな折にはお顔の色も蒼ざめ、おからだも透きとほるやうなこの世のお方ではない不思議な精霊を拝する思ひが致しまして、精霊が精霊を呼ぶとでも申すのでございませうか、御苦吟の将軍家のお目の前に、寒々した女がすつと夢のやうに立つて、私もそれはみました

 つて云ふことが書いてあるでせう。この辺りなんて正しく『日出処の天子』ぢやない?」
「本当だ確につて云ふか『日出処の天子』の一巻にさう云ふシーンがあるよ。さつきの魑魅魍魎の所とか、毛人と一緒に襲れるから実質『右大臣実朝』かも知れない。」
「うん、これは実質『右大臣実朝』だよ。」
「さうか山岸凉子は『右大臣実朝』を描いてゐたのね。」
 三人は口々に『右大臣実朝』=『日出処の天子』説を呟いて三人一緒に笑つた。

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