見出し画像

他人の利益を許せない人達

燃えた牛角

先日、牛角の女性半額キャンペーンが物議を醸した。
ご存知でない方向けに概要だけ説明しておくと、焼肉チェーンで有名な牛角が期間限定平日キャンペーンとして食べ放題半額を打ち出した。
ただし半額となるのは女性だけで、男性は通常料金であるため「男性差別ではないか」として批判が殺到している。

SNS上では「映画のレディースデイもそもそもおかしい」「男女で食べる量が違うのだから料金設定を分けるべき」「性別差じゃなくて個人差だろ」といった議論が飛び交っている。
このような文脈の中で「別に損している訳ではないのに男が怒るのはおかしい」というコメントがあった。これに賛同する人も現れ、応酬は更に加熱している。

このキャンペーンに怒る人の心理としてまず第一に考えられるのは「なぜ女ばかり」ということである。
「女ばかり」というからにはこの人は男性と言って差し支えないだろう。
彼は「性別」により自分が相対的に不利な扱いになっていることに憤っている。

ただ、ここで重要なのはあくまでも「相対的」に不利なのであって、このキャンペーンが出たからと言って自分が食べに行く時の価格が上がる訳ではない。

厳密なことを言うと、飲食店でも小売店でもセールやキャンペーンに要する費用を踏まえて普段の価格設定をしているのだから、「そんなキャンペーンをしなければ俺たちはもっと安く食べられるのに」と言われればそうかもしれない。
しかしそれなら価格の設定要因は他にも沢山あって、極端に大食いな客がいるからだとか、無駄な宣伝を打っているからだとか、ひいては従業員のベア(賃上げ)に対しても文句を言っていないと筋は通らないだろう。
それはもはや株主視点であり、業績連動報酬の為に邁進するコストカッター経営者ばりの意識である。

しかしきっと彼の真意はそこにはない。
彼は牛角の経営改善を行いたい訳ではなく、市場への安い肉の供給を至上命題にしているわけでもない。
ただ単に、自分が得をしたいと考えているだけで、それ以上に、他者が自分よりも得することが許せないだけなのである。

他人の幸福は苦い汁?

行動経済学の著名な実験で、このようなものがある。俗には「最後通牒ゲーム」と呼ばれたりもするが、ある特定の金額を2者で山分けする。片方が分配の比率を決め、もう片方が拒否権を持つ。拒否された場合は、どちらもお金を貰えない。
極端な例だと、分配者は例えば100万円を自分が99万円、相手は1万円とすることもできるのだが、もう一方が当然それを拒否することができる。
冷静に考えると1万円でも貰えることに変わりないのだが、これを拒否する気持ちに共感できる人は多いだろう。なんかムカつくからだ。

だが分配者が99万円貰えることを知らなかったり、分配者の親が危篤で手術費用として明日99万円が必要なことを知ったりしたらどうだろう。
前者を拒否する人はほとんどいないだろうし、後者であっても渋々了承する人も出てくるかもしれない。
このように、自分の利益は変わらないのに相手に対する感情によって人間は判断を変えることがあるのだ。

ここで話を戻そう。
「女ばかり」と言う人は、女性に対するヘイトが溜まっているのだろう。
それはネット上で見るおかしな自称フェミニストであるかも知れないし、男性を攻撃しようとする論客かもしれない。
そういった感情があるから、自分の敵視する属性への優遇や配慮に憤りを覚える。
自分は男であって何も優遇されていないのに、だ。

「デフォルト設定」な男性

そもそも世の中の事柄の大抵のスタンダードは、男性向けに出来ている。
レディースランチがあると言うことは、裏を返せば普通のメニューは男性向けなのだ。
1日8時間労働の週5日勤務も、当初労働者として想定されたのは成人男性だろう。
生理などで体のバランスに波がある女性は想定されていない。

人類史では女性の社会「進出」と呼ばれている。どこに進出するのか?当然男性社会にである。
すなわち、女性は男性社会に混ぜてもらう形で進出が進んできた。男性社会が人類史のメインフィールドであったからだ。
決して男性社会と女性社会があって、それが混ざった訳ではない。
「混ぜてもらう」にあたって、同じルールのまま扱うと不都合が出るので、所謂アファーマティブアクションのような措置が取られることになる。

ソーシャルゲームに例えるなら、新規ユーザーに無料◯◯連ガチャや配布アイテムをたんまり与えて、既存ユーザーと同じ土俵でプレイ出来るようにしていると考えればよい。
それに文句を言うのはだれか?廃プレイヤーやガチ勢だろうか?違う。ライトユーザーだ。

ライトユーザーも彼らなりに一生懸命プレイしてきた。だがそこに運営やガチ勢が正義を振りかざして新規ユーザー優遇を始める。自分が頑張ってきたものは無視されて、半ば横入りのような形で新規ユーザーと戦う羽目になる。
彼らは思うだろう「あいつらばかりズルい」
余裕がないから、許せない。
余裕がないから、排除する。
他人の利益を許せないのは、えてしてこう言う人だ。彼らに罪がある訳でもなく、正義に滅ぼされるのは悪だけだとも限らない。


言わずもがな、運営は国家や社会制度。ガチ勢は社会的強者(多くの場合は男性)、ライトユーザーは社会的弱者の男性である。
だが一方で新規ユーザーである女性もゲームに必死だ。そんな中で長く居るだけの古参ユーザーから攻撃されれば当然反撃もするし敵意も抱く。

貧富の差がますます広がるこの現代社会で、ライトユーザーは増え、新規ユーザーもますます増えていく。
この構図こそが分断と対立を生み、ストレスフルな社会にしていく。
だが一方でガチ勢たちはこの問題を解消するモチベーションがない。自分たちは正義を執行しているだけなのだから。

もはや止められない潮流の中で、真に必要なのはゲーム構造そのものの調整なのかも知れない。
それはライトユーザーに女性社会への逆流入を許すものであったり、ガチ勢に対するナーフ(バランス調整)であったりする。
いずれにせよわざわざ分断や対立を煽るような言論は、プレイヤーマナーとして慎むべきなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?