「古代の幻覚とダンス：ペルーの岩絵に隠された世界」

幻覚作用と古代ペルーのダンザンテ岩絵

南米ペルーには「ダンザンテ（danzante）」と呼ばれる、
踊る人間を描いた無数の岩絵が存在する場所があります。

これらは2000年以上前に描かれたものですが、
その背景や目的は長らく謎のままでした。

ポーランドの研究チームによる新発見

最近、ポーランドのワルシャワ大学（UW）と
アダム・ミツキェヴィチ大学（UAM）の研究によって、

ダンザンテは幻覚剤を摂取した古代人たちが,
音楽に合わせて踊る姿を描いたものであることが明らかになってきました。

踊る人間の周囲に描かれたジグザグ線や点模様は、トリップ中に見られた幻覚の視覚表現である可能性が高いとされています。

この研究の詳細は、2024年4月3日付の学術誌
『Cambridge Archaeological Journal』に掲載されています。

目次

1. 踊る人間を描いた「ダンザンテ」の岩絵

2. 幾何学模様は「トリップ中に見た幻覚」の表現？

踊る人間を描いた「ダンザンテ」の岩絵

ペルー南部の砂漠地帯に広がるトロ・ムエルト
（Toro Muerto：スペイン語で「死んだ雄牛」の意）には、
南米最大級の岩絵の集積地があります。

ここでは約2600個の岩絵が発見されており、
その中でも特に多いのがダンザンテの岩絵です。

以下の図で赤く示されたものが、すべてダンザンテを描いた岩絵です。

トロ・ムエルトの岩絵は非常に多岐にわたりますが、
ダンザンテに関する研究はこれまであまり進んでおらず、
考古学者たちの間でも統一した見解は得られていませんでした。

そのため、今回の研究チームは、
ダンザンテの背景や意味を解明するための詳細な調査を行いました。

まずはダンザンテがどのようなものなのかを見てみましょう。
以下は、岩の表面に彫られた代表的なダンザンテの絵を見やすく再現したものです。

幾何学模様の意味

これらの踊る人間の周りに描かれたジグザグ線や点模様は、
トリップ中に見られた幻覚の視覚表現である可能性が高いとされています。

研究チームはこれを踏まえ、
ダンザンテの描かれた背景や目的をさらに詳しく調査しています。

ダンザンテの代表的な岩絵

放射性炭素年代測定の結果、
これらの岩絵は約2000年前にトロ・ムエルトに住んでいた単一の民族によって描かれたものとされています。

人物像の高さは平均20〜30センチで、
多くが腕を上げ下げしたり、
両足を肩幅以上に広げて膝を曲げるなど、
ダイナミックなポーズを取っています。

また、頭部にはマスクや帽子のようなものを被っているようです。

研究者の見解

これらの特徴を踏まえ、
研究者たちは「儀式中に踊っている人々を描いたもの」と結論づけています。しかし、踊る人間の周りに描かれたジグザグ線や三重線、点模様などの意味は、依然として解明されていませんでした。

幾何学模様とその意味

踊る人間の周りには多種多様な幾何学模様が描かれています。
これらの模様は、
踊る人間の周りに決まって描かれている特徴的なものです。

これまでの調査では、
これらの模様はヘビや稲妻、
水の流れなどを描いたものではないかと推測されていました。

しかし、
研究者たちは南米コロンビアに住む他の先住民族が残した岩絵と比較することで、まったく異なる意味があると考えています。

それは「幻覚剤でトリップ中に見られたサイケデリックな視覚表現」であるという見解です。

幾何学模様は「トリップ中に見た幻覚」の表現？

研究者たちが比較対象としたのは、
南米コロンビアの熱帯雨林に住むツカノ族（Tucano people）が大昔に残した岩絵です。

ツカノ族は現在もコロンビアで生活していますが、
数千年前から幻覚作用のあるアヤワスカ（Ayahuasca）を使った儀式を続けています。

アヤワスカは南米の広い地域で伝統的に用いられてきた幻覚剤で、
アマゾン川流域に自生するキントラノオ科のつる植物を原料としています。

アヤワスカを飲むと嘔吐を伴う強力な幻覚作用が得られ、
シャーマニズムの儀式や民間療法において習慣的に使われてきました。

ツカノ族の岩絵に見られる幾何学模様

以下は、ツカノ族が残した岩絵に見られる幾何学模様です。

これらの模様は、神々や宇宙と交信する儀式を描いたものであると考えられており、アヤワスカの強力な幻覚作用によって見られるサイケデリックな視覚を再現していることが示されています。

ダンザンテの幾何学模様との比較

トロ・ムエルトに見られるダンザンテの幾何学模様と、
ツカノ族の岩絵を見比べてみると、非常に似ていることに気づくでしょう。これにより、これらの模様が同じような幻覚体験に基づいている可能性が示唆されています。

別のダンザンテの岩絵

以下は、別のダンザンテの岩絵です。
ツカノ族の描いた幾何学模様と驚くほど似ていることがわかります。

このことから、
研究者たちはダンザンテの幾何学模様も幻覚剤によって引き起こされた視覚表現である可能性が高いと結論づけています。

幾何学模様の意味

また、ダンザンテの幾何学模様について、
幻覚剤の影響下で見られる視覚表現とともに、
儀式中に演奏された音楽の視覚化としても解釈できると研究者たちは考えています。

このような視覚表現が類似していることから、
ダンザンテを描いた古代人もツカノ族と同様にアヤワスカを使用していたのではないかと推測されています。

元論文

Dances with Zigzags in Toro Muerto, Peru: Geometric Petroglyphs as (Possible) Embodiments of Songs
https://doi.org/10.1017/S0959774324000064