中村孝一×蓑手章吾 「自由進度学習のはじめかた」
この記事は2月6日に実施された「自由進度学習のすすめ」中村孝一氏×蓑手章吾氏の対談イベントのレポートとなります。
蓑手さんが取り組む自由進度学習では、中村さんのNPO法人で提供しているICT教材「eboard」が活用されています。実践者とサービス提供者との対談ということで、自由進度学習に興味を持つ教員・保護者の方が多く参加されていました。
対談では現状の学校教育の課題や、自由進度学習の具体的な実施方法について語られ、自由進度学習を成り立たせるための力はなにか、その力を子どもがつけるためにどのような支援が効果的かなど具体的なお話が多く、明日から役立つポイントをたくさんお伺いすることが出来ました。
※記事の最後にイベント動画のリンクを掲載しております。ぜひ最後までご一読ください。
1. eboard中村さん自己紹介
中村さんにeboardを立ち上げた背景を含めての自己紹介と、休校期間中にサービス利用者からいただいた声を交えてeboardを紹介いただきイベントはスタートします。
中村孝一さんプロフィール
NPO法人eboard代表。大学在学中に学習塾や学習支援の現場で教育格差を実感。2011年にeboardを立ち上げ。ご自身で映像授業を2,000本以上制作している。
NPO法人eboardとは?
学校や塾、学習支援等の800以上の現場に、映像授業とデジタル問題集で基礎から学べるICT教材を提供。コロナの休校期間中、ユーザー数が100万人を超える。現在は難聴の子、外国にルーツをもつ子、学びに対して困りを抱えた子でも学びやすいよう映像授業に「やさしい字幕」をつけ始めている。
蓑手さんと中村さんと出会いは、蓑手さんが前原小に勤務される少し前とのこと(今から4年前)。当時は「一人一台情報端末の時代はこないよ」と周囲から言われており、こんなにも早く一人一台の時代が到来したことに対して感慨深いとお二人が語るところから対談が始まりました。
2. 「授業についていけない状態」とは?
まず蓑手さんから中村さんと参加者の方に「授業についていけない」という言葉についてどう思われるか?という問いを投げかけます。参加者の方からは「学校の学びがその子の失敗体験になってしまっている」「ついて「いかない」というのもあるように思う」など考えさせられるコメントが多く寄せられました。
※この問いに対しての参加者のコメント一覧をご覧いただけます。
中村さんは「ついていかないという感覚はすごくわかる」と共感し、小学校5年生のときに「みんなと一緒が嫌」という感覚から不登校気味だったとご自身の経験を話します。
蓑手先生は「授業についていけない」という状態が起こる1つの理由として、標準時数が定められていることにより、一定のペースで授業を進めていかなければならないことを挙げます。
蓑手さん:単元毎に何時間で終わらせるということが年間計画で決まっています。なので遊んでいるような時間はないというか、ある意味教師が授業においていかれる、ということが多いんです。また教師用の教科書では1時間目でここまで進めてねと書いてあり、ずれると計画を練り直さないといけないため教師は基本的にはこの流れに沿って進めていきます。
蓑手先生はこのような半強制的に次々授業を進めていかなければいけない状況を、「下りエスカレーターを登っている状況」と例え問題点を指摘しました。
蓑手さん:本当はできることが増えているのにそれを味わう余裕がないっていうか、止まっていたら下に流されてしまうから、歩き続けなきゃいけない状態になっているように見えるんですよね。大人も含め遅れないことが目的化してしまっているようにところがあるかなと。 一方で走ることも禁止されてるんです。走れる子もいるのに「明日やるから」「次の学年でやるから」と定点で居続けることに苦労してしまっている”吹きこぼし”の現象も生まれてしまっています。
蓑手さんのこの話を受け中村さんは、ご自身の経験から「できる子」にとっても一斉のペースで授業が進むことの課題意識を語ります。
中村さん:私は吹きこぼれの方だったんですが、教科書見るとある程度わかっちゃうんですよね。そうなるとなんで先進まないんだろう、とかなんで先生の話聞かなきゃいけないんだろうって思っていたんです。 でもそういう状態でもできる・わかるという喜びを味わうより、新しく勉強する単元がわからなかったらどうしよう、とわかる状態をキープしなきゃいけないというプレッシャーが大きかった。一定のペースが決まっているというのは一部の子にマッチしていると思うが、沢山の子にとって辛くなっているんだろうなと感じますね。
蓑手さんはこれらの課題に対し、特別支援学校での経験から本質的に大切なことは「それぞれの人が一段ずつ階段を登れ、できたという実感を味わえること」だとで気づいたと話し、学びのあるべき姿を読書体験に例えて説明しました。
蓑手さん:「いつでもやめられる」「いつでも読み始められる」「待っててくれる」「何度も読み返せる」読書体験のような学びのほうが理想的だし、(標準時数は)基準としてあったほうがよいけど、(子どもを)置いていく必要はないよねというのを感じました。
3. 自由進度学習の取り組み
続いて蓑手さんは理想的な学びを実現するために実践されていることを紹介します。
蓑手さんはふとしたときに「子どもたちはいつテストがあるのかを知らない、フェアじゃない」「情報を与えずに自分で考えて動けと言うのはむちゃくちゃ」と感じ「手帳」という取り組みを開始したそうです。
蓑手さん:まず子ども自身にテストまでのスケジュールを把握させるために、手帳という翌週1週間の時間割と単元名を記載した紙を子どもに渡します。単元のところには「7/25」と書き、25時間で学ぶうちの7時間目をこの授業でやるんだよと示すとのことです。これにより子どもはテストまであとどのくらいあるのか自分自身でわかるようになります。
手帳により、子どもたちはテストまでこれくらいあるよというのを把握させ、テストまでの間の学習を自由にしているとのことです。
続いて自由進度学習の45分間の授業の流れについて蓑手さんが説明をします。
【自由進度学習の授業の流れ】
1. 教科書をつかった一斉授業(10分) 通常45分間でやることをギュッと凝縮して10分でやる
2. 個別に目当てを立てやりたいことをやる(25~30分) 例えば6/25回目の授業だとしても、進んでいる子は18時間目のところまでやっても構わないし、5/25時間目の分をやっても構わない。自分がしおりを挟んだ場所から勉強を始める。
3. 個別で丸つけ・振り返り(10分) 蓑手さんの一番注力ポイント。振り返る中で成長するし、自分で自分を成長させる自己調整学習の力が伸びる。内容や何点とったかはどうでもいいが、どう振り返ったかを指摘する
中村さんは蓑手さんのクラスに授業見学にいったときの様子を振り返り、子どもが学習をコントロールしていると感じたエピソードを紹介しました。
中村さん:授業見学に行くと苦手な子や授業に参加しづらそうな子に目が行くんです。蓑手先生のクラスを見学に行ったときもそういう子に目をつけて授業後に「見てたけど全然やってなかったじゃん、どうすんの?」と聞いたんです。 そしたらめちゃめちゃいい回答が返ってきて。「いついつにテストがあるから大丈夫です」と。その子は今この時間はやってなくても、今オーバーペースで進んでいるからと、自分の学習をコントロールしている感じがあったんですよね。 従来の授業観からすると「あの子さぼってるじゃないですか」という感じなんですが、他の子の邪魔もしていないし私はとてもいいなと。
続けて中村さんは「授業だけではうまくいかないので、学級運営の時点で意識していないといけないと考えると蓑手さんはすごいと感じた」と話し、蓑手さんは子どもの学びをコントロールする力を育むために意識されている点を紹介しました。
蓑手さん:1日の振り返りのときに記録を取らせます。「友達と話しのに夢中だった」とか。その内容に対してぼくは何も言わない。ただそれでテストを迎えて(点数が)取れなかったときに、自分でログを見返して「あのときしゃべらなければよかったな」って自分で振り返るのが大事で。「計算ミスです」とか「体調悪くて」とか違う理由にしないためにも、振り返りのログをとっておくことで自分の学びをコントロールする力に繋がります。
先生はつい言っちゃうところなんですが、本当に任せるというのは「(子ども自身が)自分の好ましくないと思っているところを自身で認められるようにできるか」にあると思いますね。
4. 自由進度学習のポイント5つ
続いて蓑手さんは自由進度学習を実施する際のポイントを紹介しました。
ポイント1:座席は自由
前の方に来る子や壁向きに机をくっつける子、友達と席をくっつける子などがいる。
ポイント2:10分間のミニレッスン
かなり取捨選択をしているとのこと。前時に多くの子が間違えたところや大切な考え方を抜粋。なるべく伝える時間を多くするためノートは取らせない。あとで自分の時間で書いてと伝える。演算をみんなですると先に終わって暇な子がでてしまうので、ここでは演算をしない.
ポイント3:めあてをスクールタクトに記入
めあてに関して重点は置いていない、内容は気にしていない。 ただし「ぎりぎり達成できない目標」に設定するよう伝えている。集中力があがるしゲーム性を帯びる。何回もやっていると自分の本気を出したときの力を知れる。自分の力を知れると計画力がつく。前日の振り返りを参考に昨日と同じ間違いをしないようにする。 スクールタクトはお互いに書いたことが見れるので、書くことでゆるやかに宣言をする。
中村さんはこのめあてについて「自己調整学習のモデルの中でも目標設定は大事で、目標設定ができるというのはすごいスキル」と解説したうえでで「上手にめあてが立てられない子はどうしていますか?」と問いかけます。
蓑手さんはそれに対し「あてずっぽうでいけといっています。置くか置かないかは大きく違う。だんだん自分で調整できるようになる」と解答し、中村さんもめあてをゆるく設定することに納得感を示します。
中村さん:大体目標かけない子って書かない子なんですよね。目標の精度を上げるために大事なのって振り返りです。前適当に10ページと書いたけど全然いかなかったから、今回は3ページにしようと調整するのが自己調整なので。小学生という年齢を考えるとめあてはゆるめにというのは納得感があります。
ポイント4:自学 or 学び合い
テストは教科書から出るよと伝えており、テストでいい点を取りたい多くの子どもは教科書に取り組んでいる。裏に答えを書いた紙のプリントも用意しており適当に置いておき、自分で答え合わせができるようにしている。 eboardで動画を見ながら取り組んでいる子もいる。ヘッドフォンをして何度も見直していたり、1.5倍速で見ていたりする。 また一人ではなく友達と教え合ったり、競い合いあったりする子もいる。 音楽を聞きながらでもOKとしている。これも振り返れば良くて、音楽を聞いて集中できる子もいればそうでない子もいる。それは結局特性。自分の特性を知るいい機会だと思っているので1回やってみなと言っている。
ポイント5:終了10分前で振り返り
振り返りの内容として、めあてを達成できたかということも書かせるが、間違えた問題やなぜ間違えたのかを書かせる。「計算ミス」じゃだめだとして、章を立てる場所を間違えたのか、単位を書き忘れたのかなど分析させている。この分析には蓑手さん自身もとても寄り添って一緒に考えている。
一方で間違えは宝物という話もしている。振り返りで全問正解しましたって子がいたら「残念だったね」と伝える。もともとわかっていた問題を自分の課題として設定してしまったというめあてのミスだから。逆に1,2問間違えましたっていう子に出会ったら「宝物に出会ったね」と伝える。かなりこだわりを持っている。
中村さんは5つのポイントを聞き、振り返りに力をいれられている蓑手さんを「進化している。すごい」と称賛します。
中村さん:みんなが個別の学習をしていくときに大事なことは、みんなの学習力を高めていくことです。これがないとみんなが自分のペースでやっていくことが破綻していってしまう。子どもが学ぶ力をつけるのに、支援しやすくて効果的なのは振り返りだと私は思っていて、そこに全エネルギーを注いでいくと次の学びの改善につながっていくと思っています。目標に手を出したり、学習のプロセスに手を出すとその子が学習力を高める機会を奪っちゃうケースも結構ありますよね。
これに対し、蓑手さんは「振り返りに力をいれるから、プロセスで自分がぐっと我慢できる部分もある」と話しました。
蓑手さんはご自身の取り組みを、「やればできる実感」を得ることにより「成長する楽しさ」を実感し、その結果「課題を選定する力(めあての立て方)」が上手になり、また成長する楽しさを実感するというサイクルが回るようになると解説し、ジョン・デューイの言葉を引用しながら、「頑張ること自体が楽しいことだと伝えてあげたい」と対談パートを締めくくりました。
教育は人生のための準備ではなく、人生そのものである
実際のイベントではここからQ&Aが始まり「振り返りの質を高めるためのサポート」や「自分を高めようという意識の低い子への支援」など参加者からの質問に蓑手さん、中村さんが答えていきます。
対談の様子やQ&Aのリアルなやり取りを下記の動画からご視聴いただけます。ぜひご視聴ください。
【対談動画(公開用)】
※視聴できない場合はこちらから
https://youtu.be/cYYRw3nO2rs
written by みやば