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失恋の金木犀

少しずつ秋の香りと共に、寂しさを覚えるこの季節にふと思い出すことがあります。
お店の中を通ると秋を感じさせるように金木犀の香りが鼻の中を通り抜けて、さらにまた寂しさを覚えるのです。

大好きだった彼は、秋の夕暮れと共にワタシの知らない誰かの元へと去っていきました。

たった一枚の紙切れをテーブルの上に置いて、何も言わずに、お別れも言わずに、知らない誰かが書いた彼を想う手紙が、ワタシにお別れを告げたのです。

あの日、彼の家に会いに行った時、彼はいつも通りワタシを迎え入れました。
いつもと変わらない姿で、いつもと変わらない態度をとりながら。
けれども一つだけ変わってしまったことは、かつて恋人同士だった私たちは、いつからか心のスキマを埋めるだけの関係になっていたということ。

そして彼の気持ちを確かめるように、都合のいい関係だと知っていながらも会うことをやめませんでした。
いつかまた、昔のような関係に戻れると信じていたから。

けれども彼は、付き合っている時のように言葉で気持ちを伝えてくれることはありませんでした。
その代わり、会ってすぐに自分が寝ているベッドにワタシを誘い、そして言葉を重ねる暇もなく、ただただ満たされない「何か」を満たすだけで精一杯のようでした。

何度もワタシは聞こうとしました。
この関係がこのまま続いていくことが苦しかったから。
けれどもその勇気はありませんでした。

彼が求めるままに体を許し、そしてそのまま時間になったら帰るということを繰り返していたんです。
頭の中ではわかっていても、どうしても離れることができませんでした。
いつか、いつの日かきっと、昔のような関係に戻れる日が来る・・・それだけを信じて、長い時間をかけて車に乗って会いに行っていたのです。

そんな生活が数ヶ月たったある日、紙切れが机の上に置いてあり、見てはいけない気持ちを抑えきれず、紙に書かれていた文字を読んでしまったのです。
そんなことも知らずに、仕事の疲れから深い眠りに落ちている彼を見て、涙さえ流す余裕はありませんでした。

床にへたり込んだままペラペラの紙を見つめ、彼の寝ている姿を茫然と眺め、そして笑いが込み上げてきたのです。
「ワタシはもう、あなたの彼女になることはできないんだね・・・」そう悟った後、寝ている彼を起こすこともなく、そのまま家を飛び出して車に乗り込もうとしました。

するとどこからか香る懐かしい匂いが鼻を通り抜けていきました。
甘く、切なく、そして儚気な香りが、ワタシの心を表しているように、何度も何度も鼻の奥を通り過ぎていきました。

車に乗ることも忘れて、その場所に立ち尽くすことしかできませんでした。

あの時もっと早くに勇気を出していれば、これ以上悲しい思いをすることはなかったかもしれません。
あの時彼に私たちの関係を聞くことができていたら、もっと早くに前を向くために関係を断ち切ることができたのかもしれません。

けれどもこの時のワタシには、本当の正解なんて見つかるわけもなく、震える手で、鉛のように重くなった足で、車に乗り、視界が見えなくなるほどの涙を流して家へと帰っていったのです。

香りには過去の記憶を蘇られせてくれる不思議な力があります。
あらゆる感情を抱いた時、いつもそばには何かしらの香りがあるような気がするのです。

そしてワタシにとって秋を知らせる金木犀の香りは、とても切なく悲しい失恋の香りとして、いつまでもワタシの中に残っています。

どれだけ幸せを感じていたとしても、どれだけ過去を忘れるくらい前を向くことができたとしても、金木犀の香りと共にあの頃の光景が、そして感情が、香りとして蘇ることがあるでしょう。

そして今年もまた、金木犀の香りを感じるとふと、あの時の悲しみがほんの少しだけ心に影を落とすのです。

過去のワタシが負った傷を、香り共に抱きしめてあげながら。

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