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お客様アンケートに書けばいい

冷蔵庫の扉を開けて、マヨネーズを放り込みました。マヨネーズは上から二段目の所定の位置めがけ高速で滑り込みました。マヨネーズはどこかに当たりその弾みで跳ねかえり私の顔面へ、メガネへ直撃しました。メガネは新品でした。

マヨネーズは限りなく1に近いエネルギーのまま跳ね返ってきたはずです。たぶん反発係数ですが、私は物理ではなく生物を選択していたのでよく分かりません。

思えば中1の「比例」までは順調でしたが「反比例」の曲線を目にしたとき数学をあきらめ、ついでにほかの理系教科もあきらめました。おかげで私の数学や理科の教科書は年度末でもほぼ新品。学校に寄贈できるんじゃないかという母の冗談を真に受け先生に申し出ましたが、いつか開きたくなるから取っておけと断られます。それから20年以上経ちますが、開きたくなったことは一度もありません。今なら開いてみたいかもしれません。でもそう思ったときには教科書は手元にありません。

高校では選択科目「物理、化学、生物」の中から消去法で生物を選びました。選択しないという選択肢もありません。

今ならどれを選択しても、そこそこ興味を持って取り組めそうな気はします。それでもやっぱり私は、消去法で生物を選択するでしょう。マヨネーズはていねいに冷蔵庫へ戻しました。


今朝は、テリヤキチキンのパンを焼きました。マヨネーズはトッピングに使ったところでした。あと、ゆで卵、チキン、玉ねぎにチーズ。これを220度で10分焼きます。

わが家のオーブンは低い位置にあります。焼き上がり、とびらを開けると、蒸気や熱気が開けた人間の顔へ向かって一気に上がり襲いかかってきます。たとえば、こういうとき、もし私が理系だったら目の前で起きることの理がわかって楽しさが少し増すんだろうな、理系を捨てた昔の自分を少し恨めしく思ったりします。

オーブンを開けるのはたいてい私です。新品のメガネをかけた私です。

とびらを開けると、オーブンからふき出した熱気でメガネが一瞬にしてくもります。私の視界は真っ白になりました。

私は何も見えないまま、焼きあがったパンをオーブンから次々取り出し、網の上に並べていきます。毎回メガネのくもった、見えていない状態でやっているおかげで、今回も見えていませんが動きは完ぺきです。

パンを出し終わるのとほとんど同時にメガネのくもりが取れはじめます。世界が徐々に戻ってきます。ようやくパンが見えてきました。

となりで見ていた夫がすげーなとつぶやいたので、すごいよねと答えました。いま考えると蒸気や熱気がすげーのではなく、私のパフォーマンスへのすげーでした。


先月、夫とふたりでメガネを買いに行きました。お互いひとつずつ購入して、きれいなメガネケースをそれぞれつけてもらいました。

夫は黒、私は赤いケースを選びました。

店頭で「私は黒で」とお願いをし、しばらくして「すみません、やっぱり赤で」と謝る私に、となりで聞いていた夫は歌舞伎みたいな声で「はぁぁ?」と言いました。聞こえないフリをしました。

家に帰って、ふたりでメガネケースを開けると「お客様アンケート」の紙が一枚ずつ入っていました。私は書きませんが、夫には書くよう勧めました。あのとき夫は、書くことが特にないと言っていましたが、マヨネーズから妻を守ったメガネへの感謝を書けばいいと思います。

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