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無限個のおにぎり、ひとつ食べると残りはいくつ?

長男、私、次男で川の字になって布団に入るとすぐ、長男が「眠れない」とべそをかきはじめる。これは毎晩のおやくそく。その割に、1分後にはたいてい寝息を立てている。横になって2秒で眠れるのび太が羨ましいと長男はいつも言うけど、私の目には長男もほぼのび太に映る。

昨晩は本当に眠れなかったようで、何度かの「眠れない」を繰り返した長男は「ねえママ、無限個のおにぎりがあって、ひとつ食べると、残りは何個になるのかな?」と言い出した。

「何のおにぎりかなあ」眠りかけていた次男もタオルケットを蹴っとばしながらつぶやく。

私の頭の中は、銀河を埋め尽くす無限の鮭おにぎりでいっぱいになった。「鮭かなあ」。大葉入れてもいいな。

「ねぇ兄ちゃん、無限個から何個とって食べても無限だよ、だって無限だもん」次男が鮭おにぎりを両手に持ち、かじる仕草をしながら言う。食べ物に関してはチャレンジャー気質の次男であるから、鮭おにぎりに大葉が入ったところで平気かもしれない。

眠れない長男は「うーん『無限-1』かもよ?そしたら無限が無限じゃなくなるな。ヘンだな」と目をつぶったまま考え込む。長男は考え事をするとき、どこで覚えたのか田舎チョキをあごにあてるという分かりやすい仕草をする。
食べ物に対して警戒心が強めの長男には大葉はちょっときびしいかもねと私は思う。長男には鮭のみのおにぎりかな。

私も目をつぶる。私の宇宙がおにぎりで埋め尽くされた。

ブラックホールが無数のおにぎりを吸い込む。吸い込んでも吸い込んでもおにぎり。ブラックホールへと消えたおにぎりは一見スローに見える速度で右回転しながらワームホールを抜け、こんどは左回転でホワイトホールから放出される。したがって宇宙におけるおにぎりの総数に変化はありません。ホワイトホールから出てきたおにぎりに、海苔は付いたままでした。繰り返します!海苔は付いています!これはワームホール内において物質の情報は書き換えられないということの証明になるのではありませんか!

「でもね、ママ。…ママ?無限個のおにぎりを一瞬で消し去ることもできるんだよ」長男の声に、目を開け右を見ると、彼は目をつぶったまま天井に向かって笑顔で話していた。「眠れなくても目はつぶっておく」というルールを長男はいつも律儀に守る。

私はあと少しでおにぎりと共にブラックホールへ飲み込まれるところだったけど、もし飲み込まれてもそのままの形で出てこられるようだから大丈夫。さっき、海苔が証明した。

「へえ、どんな魔法?」「魔法じゃないよ、ゼロを掛けるんだよ」

左側ではいつのまにか次男が眠っている。

「じゃあお願い。必殺『かけるゼロ!』やって」「技じゃないし」「いいやん、やってよ。…あれ?…寝た?」

たった今、しっかりした口調で「技じゃないし」と言ったのび太は、もう寝息を立てていた。

宇宙に放たれた無限のおにぎりが、ゼロを掛けるだけで一瞬で消滅するとはなんと怖ろしいことか。
おにぎりの夢を見ているかもしれない次男と長男のあいだで、今度は私が眠れなくなったのだった。


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