牛丼 18
「お世話になっております。
お忙しいところ申し訳ございません。お伝えしたいことがあります。
明日ご都合が宜しければ、一緒にお食事でもいかがでしょうか。
ご検討、よろしくお願い致します」
付き合って3年の彼女から、取引先からのようなLINEが届いた。
私の経験上、このような文面の時はヒステリックになりそうな自分を必死に抑え、冷静に見せている。
すなわち、私におかんむりか、生理の可能性が高いのだ。
最近、彼女をないがしろにしているからだろうか。
不安に苛まれた私は、彼女への返信前に、友人にアドバイスを求めた。
ーーー
出先で色恋沙汰の話をするのであれば、
お前の家と彼女の家の中間地点にある店を選ぶこと。
居酒屋を選択するのは愚策。長居出来る店は長期戦に持ち込まれ、
恋愛に命を捧げる女子には到底勝つことが出来ない。
ーーー
私は悩んだ末に、新宿のど真ん中に聳立する美味しい牛丼をリーズナブルな価格で提供する老舗牛丼屋「松屋」に行くことにした。
駅で待ち合わせた、彼女の表情は寂寥感に溢れていて、
お店に到着するまで交わす言葉は無かった。
「ここだよ」
陰鬱な表情をのぞかせる彼女も、牛丼チェーンシェア第3位の松屋で
ディナーとなれば自然と笑顔になるはずだ。
そう思っていた。
しかし、私の思惑とは裏腹に彼女の表情は忽ち、鬼のような形相となり、
「ふざけんなッ!大事な話をしたい時になんで松屋なのよ!!」
予想外の反応に動揺してしまうと、彼女は捲し立てるように、
「あんたは気遣いってものがないのよ!!普通あんなLINEしたら、
もっと静かで落ち着けるところでしょう!?個室でしょう!??
なんでファーストフードなのよ!なんで横並びなのよッ!!
となりのおっさんに会話聞かれるだろうがッ!!
黙って聞いてたけどさそりゃあ彼氏が悪いわ。彼女こんなに可愛いんだし、ちゃんと謝まらなきゃ。ところで、紅ショウガいるかい?はい、お箸も。 あ、ありがとうございます…。ってやかましいわッ!!」
堰を切ったように捲したてる彼女に危険を感じた私は、
お耳をギョーザにして時を過ぎるのを、ただじっと貝のように待った。
私の考えが甘かった。
松屋の牛丼を一緒に食せば、その美味しさから悩みや不満がどうでもよくなり、氷解するはずだった。それでも彼女を満足させられない時は、味噌汁をプラス課金で豚汁にUpgradeしてやり、男の気概をみせつけてやるつもりだった。
そして、早い客の回転に合わせ席を立ち、笑顔で手を振り合い、
彼女は駅へ、私はガールズバーへという計画が蹉跌をきたしてしまった。
いくらなんでも露骨過ぎたのかもしれない。
確かに松屋の牛丼は美味い。
しかし、新宿店は日本でも有数の高回転率を誇る店舗。
彼女も早い客の回転に飲み込まれると察したのだろう。
私は、頬に残った赤い掌の痕を摩り、
次は亀戸駅あたりの牛丼チェーンシェア第4位「なか卯」にしようと思うのだった。
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