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田崎真珠(7968):MBKパートナーズを割当先とする優先株式発行
本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。
本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。
商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など
調達方式:公募、第三者割当
会社概要・資金調達の背景
田崎真珠の隆盛と苦境
田崎真珠株式会社(現:株式会社TASAKI)は真珠の養殖、加工販売を祖業とする宝飾品大手。1954年創業、法人設立は1959年。1970年代に真珠の量産に成功し、国内真珠最大手に成長。1993年東証1部に上場。1994年、世界最大のダイヤモンド原石供給元であるDe Beers社のサイトホルダー指定を日本で唯一受け、ダイヤモンド事業へ参入した。
田崎真珠は自社養殖の品質と生産にこだわり、養殖場の拡大に勤しんだ。真珠の養殖は難しく、最高級品は生産量全体の1-2割とされる。ピーク時には9ヵ所の養殖場を擁し、高品質の真珠を確保することが同社の戦略であった。養殖場から大量に揚がってくる真珠のうち、高級品を自社の小売用に使い、他は卸へ売る。卸向けは最盛期は同社売上高の6割を占め、旺盛な海外需要と輸出を奨励する政府意向もあり、同社の成長を牽引した。
しかし2000年代に入り、真珠の卸売業界を取り巻く環境は激変する。中国が淡水パールの生産技術を向上させたことで、田崎真珠が養殖していたあこや真珠の1/10以下の価格で淡水パールが市場に流通。田崎真珠は9つの養殖場から揚がってくる過剰在庫に苦しむこととなり、日常的なセールを続けた結果、真珠の価値とともにブランド価値も低下させる事態となった。
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田崎真珠株式流出事件
ちょうど同時期、資本市場でも不穏な動きが見られた。2006年、同業のサハダイヤモンドが田崎真珠株の取得に動き、2007年12月には11%の418万株を保有する筆頭株主となっていた。その後同社は同社取締役を田崎真珠の役員に選任するよう提案したものの、田崎真珠側はこれに反対する意見を表明。
そんな中、神商という会社が市場外で田崎真珠株を400万株取得し、2008年6月11日に大量保有報告書を提出。この時点で神商はサハダイヤモンドに次ぐ2位株主となったが、サハダイヤモンドは田崎真珠株を売却していないと主張。神商が取得した株式がサハダイヤモンド保有分であれば神商が筆頭株主となるが、サハダイヤモンドが持分を売却していないとしているためサハダイヤモンドの筆頭株主が続き、400万株もの田崎真珠株が余分に存在している事態となった(田崎真珠株式流出事件)。
ことの経緯は、次の通りであった。2008年6月3日にサハダイヤモンドは沖縄振興に田崎真珠株を400万株(評価額約24億円分)担保提供し、8億円の融資を受けた。その後、同日に神商が(何故か)この400万株を8億5,400万円で取得(譲渡人の記載なし)。その後、神商は取得した田崎真珠株の売却を進め、6月18日時点で保有比率は5%を下回った。6月20日、田崎真珠が08/10期の業績予想を大幅下方修正(当期純利益見通しは4億円の黒字から-23億円の赤字へ)を公表。田崎真珠株の下落に伴い、7月23日にサハダイヤモンドは沖縄振興へ担保提供していた田崎真珠株を売却処理とし、特別損失を計上。翌24日に残る0.12%の持分も沖縄振興に売却し、完全撤退に至る。
破綻回避へ、MBK傘下入り
2008年7月25日、田崎真珠は6月公表済みの08/10月期2Q決算の純損失を訂正し、それに伴い通期の純損失予想も更に下方修正(-23億円→-29億円)。その結果、融資銀行団と契約している借入金の財務制限条項に抵触したと公表した。対象は長期借入金の26億円で、契約上、銀行側はいつでも返済を求めることが可能となった。これまでの事業環境の急変に伴う業績悪化(3期連続の最終赤字)や田崎真珠株を巡る資本市場での不可解な動きも重なり、同社株は2007年後半の400円台から2008年7月には140円台まで下落した。
このような状況下、田崎真珠は7月31日、MBKパートナーズの投資目的子会社であるWatermunt Spare Parts B.V. (WSP)を割当先とするA種優先株式発行を公表した。財務制限条項の抵触回避や再建資金の調達、買収防衛等を企図し70億円を調達。取締役5名のうち田崎征次郎社長、田崎東次郎副社長を含む4名が退き、WSPの株式保有比率は49.6%の筆頭株主となった。
8月28日付の日経新聞によれば、田崎真珠がMBOによる非公開化を選択せず上場維持型のスキームを活用した背景として「社員や取引先への影響が大きい上場廃止を避けるため」としている。また8月10日付神戸新聞によれば「経営陣の自社株買収(MBO)による上場廃止などを一年以上前から検討していたが『急に資金繰りが悪化し、きちんと比較できなかった』」とし、取締役退任は「現経営陣自ら決めた。創業家としての思いより、資金面の不安を早く取り去りたいという考えが勝った」とした。一方で同記事は「同業他社などは『創業家は保有資産に思い入れがあり、抜本改革が出来ない。サハのような大株主の出現など脇の甘さも目立った。退陣は金融機関の要求では』との見方が強い」とも報道している。
MBKは2009年1月、クリスチャンディオール株式会社代表取締役社長、LVJグループ株式会社フェンディジャパンカンパニープレジデント&CEOを歴任した田島寿一氏を社長として招聘し、ブランド再構築にあたった。
経営再建、Exitへ
田島社長は田崎真珠を日本初のラグジュアリーブランドに育て上げるための改革を相次いで行った。ブランド名を田崎真珠からTASAKIに変え、NYを拠点に活躍するファッションデザイナーのThakoon Panichgul氏をクリエイティブディレクターに抜擢。2012年には田崎真珠の商号も「TASAKI」へ変更している。ジュエリーの既成概念にとらわれない革新的な作品を生み出すことで着実に業績が回復。13/10期には遂に黒字への回帰を遂げた。
2015年7月、MBKは優先株式を普通株式1,400万株に転換し、そのうち437万株はTASAKIによる自己株取得(取得価額は2,300円。TASAKIは自己株取得の原資として、三井住友銀行を幹事行とするシンジケート団から総額120億円の融資契約を締結)、残る865万株を公募により約190億円で売却しExitした(売却価額は2,204円)。公募での売出は三菱UFJモルガンスタンレー証券と大和証券が手掛けた。
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投資商品の主要ターム
払込金額:70億円
株式数:35,000,000株
株価:200円
普通株式を対価とする取得請求権(転換権)
転換可能期間:1年後以降
取得比率:4
※取得比率は、優先株式1株と引き換えに交付される普通株式の数
※優先株式を全て転換した時の普通株式数は140,000,000株希薄化率:370.3%(希薄化前)/78.7%(希薄化後)
金銭を対価とする取得請求権(償還権):なし
配当金:優先株式1株につき、普通株式1株あたり配当金×4(取得比率)
※07/10期のDPS:8円ベースでの配当率は16%議決権:あり
議決権比率:優先株式ベースでは49.6%、優先株式を全て普通株式に転換した場合は79.7%
代表取締役及び役員の異動:本増資の払込を条件に、当社取締役5名のうち代表取締役を含む4名と、監査役4名のうち3名が退任(新経営陣の候補者は決定し次第お知らせ)
有利発行と特別決議
本契約は普通株式としての転換価額が50円(=200÷4)と見なせるが、これは発行決議前日終値:142円の半額以下であり、更に株主総会における議決権も付与されていることから、会社法上の有利発行となる。有利発行の承認には株主総会の特別決議が必要であり、議決権行使可能な株主の過半数が出席の上、出席株主の議決権の2/3以上が賛成しなければならない。
当時の田崎真珠の大株主は2008年4月30日時点でサハダイヤモンド:11.06%、田﨑俊作:6.34%の外、金融機関と社員持株会が続く。発行決議時点でサハダイヤモンドはExitしており、主要株主が創業家と金融機関、従業員となったため、特別決議が可決される蓋然性が高まったと考えられる。
その後の顛末
この投資によりMBKは約7年で70億円の投資から292億円を回収した。投資倍率は4.2倍、IRRは122%であり、通常IRR20~25%を目指すとされるPEファンドの期待リターンを大きく上回る成果と言えよう。
実はTASAKIとMBKの関係はここで終わらない。2017年3月24日、TASAKIはMBOを実施し非公開化すると発表。ここでMBK傘下のスターダストがTOBで買い付ける。TOB価格は1株2,205円(24日終値:1,735円に対して+27%のプレミアム)で、買付総額は318億円。買付資金にはMBKによる186億円の出資とSMBCからの借入を充当。TOB価格は2015年の公募売出の価格と同水準。
2024年11月には、ユニゾン・キャピタルとFountainVest PartnersがMBKからTASAKI持分を買収すると観測された。買収価額は約1,000億円と見られ、実現すれば出資額186億円に対して(ネット負債水準にもよるが)~5倍水準の特大リターンである。
ファンド目線では2度のディールで非常に大きなリターンがもたらされたと言える。TASAKIも確かにターンアラウンドを果たし更なる成長に向かっていると言えるが、新たな大株主のもとで波乱万丈な舵取りが続く。
商品設計に関する考察
今回取り上げた事例は、商品設計及びその狙いも極めてシンプルである。発行体目線では資本増強と資金調達、ファンド目線ではディストレスト案件に見合ったリスク・リターンプロファイル設計である。
有利発行の基準については様々な考え方があろうが、時価の半額というのは一つの目線になろう(直近の例では2024年11月に日産自動車が河西工業に対して行った有利発行でも時価の半額でのエントリーである)。そこに必要な資本/資金額が決まれば希薄化のインパクトは自ずから算出される。
このようなディストレスト案件にまま見られる特徴として、資本増強による財務リスク回避に伴う株価上昇が挙げられる。田崎真珠ではMBKからの増資が開示された翌日終値は前日比+34%の大幅上昇であった(ちなみに河西工業の事例では同+10%、一時年初来高値)。希薄化による株式価値の減少と倒産懸念払拭の効果のバランスを踏まえたこの反応は、企業の最適資本構成の議論にもつながる興味深い現象と見る。
また、上場を維持しながらのマジョリティ取得、経営陣の刷新とバリューアップの効果にも目を見張るものがある。PEファンドによる価値創造の仮説については、以下の記事にて詳述している。
同じファンドがマイノリティ出資によるエントリーの後、マジョリティ取得し非公開化する事例は散見されるが、第三者割当増資により上場維持しながらマジョリティ取得をし、完全Exitした後に再度MBOを手掛けるケースは珍しい(ツバキ・ナカシマは逆にカーライルによるMBOを経てアドバンテッジアドバイザーズによるマイノリティ出資を受けている)。そして少なくともこのケースにおいては、上場・非上場を問わず、マジョリティ取得によりPEファンドが大きなリターンを上げられることが示されたと言える。
上記に付随して、ファンドによる上場維持型出資→非公開化という段階的な投資の意義やリスクについても知見を深めていきたい。