― 「ところかまわずナスかじり」第七十四話 ゆかいな彼 ―

 ふぅ~っ。ちょっとごめんよ。話の前にこの一本だけ吸わせてくれ・・・。ふぅ~。
 よっ、と。いや、最近本数も増えたな。一番のダチの信夫にも心配させちゃったしな。いや、信夫に言われたとき、確かにもうタバコは止めようって思ったし、じっさい半年くらい止めてたんだよ。でもさぁ~・・・。ふぅ~・・・。

 そう。あのとき、海をね・・・
 東京湾とかじゃない、ホントに潮の香りのする海を見に行こうぜって信夫を誘って銚子港まで行ったんだ。夜中の二時にね。俺の車で。ふぅ~・・・。
 港の駐車場に車停めてさ、二人で夜の港を歩いたんだ。ふぅ~。
 そりゃあ、みごとな月でさ。まるでね、透明で真っ黒な鏡の中で焦げて揚げあがったばかりのバナナみてぇな月でさ。ふぅ~。

 ・・・そうそう、遠くで暴走族の走る音がしてたっけ。「絶滅してないんだぁ~」って信夫が本当に驚いてて・・・。ふぅ~。警察の音もして、な。
 田んぼとそこで鳴いてるカエル、みたいな風情があってさ。ふぅ~。

 でさ、岸壁を二人で黙って歩いてるとさ、打ち寄せてくる波の音が聞こえてくるんだ。その音がさ、まるで『胡椒、胡椒』って言ってるみてぇに聞こえてさ。それを信夫に言ったらさ、あいつ・・・、ふぅ~。・・・泣いてやがんの。ふぅ~。
 二人、黙ったままさ、ずぅっと歩いてたんだ。未来に向かって、さ。
 ふぅ~。

 で、ずっと歩いてるとさすがに疲れちゃってさ。
 俺も信夫も、そんなに運動が得意ってわけじゃねぇしな。信夫なんか「Tシャツがもうびしょびしょになっちゃった」って言ってたしね。はっはっは。いや、俺のもそうだったけどさ。
 「じゃあ脱いじゃおうか?」って俺、言ったんだけど、いや、ホント冗談のつもりだったらさ、アイツ、ホントに脱いじゃってさ。ふぅ~。
 
 俺、ちらりと見ちゃったんだけど、あんなに暗いのに不思議とアイツのモチモチってした真っ白な肌だけキラキラ見えててさ・・・。いや、俺もちょっとぽっちゃりしてはいるけどさ、信夫の‟ぽちゃっと”は、何ていうか、・・・天使的なんだよね。ほら、ラファエロの絵で天使のやつあるじゃん?あれみたいにさ、神々しいっつうか・・・。
 俺、つい「沖縄の砂浜が白いのは、ありゃあ、海虫の死骸だからだぜ」って柄にもねぇこと言っちゃってさ。ふぅ~。俺も信夫もそれから、なんだかしらねぇけどシンとしちゃってさ・・・。ふぅ~。

 車のとこに戻ってきたときにはもう海のずっと先のほうが少しだけ明るくなりかけててね。ふぅ~。二人とも息もたえだえでさ・・・。ふぅ~。で、俺、そこで車のカギがねぇことに気づいたんだ。どうしようもねぇよな、俺。はっはっは。
 
 で、信夫がさ、一緒にさがすよって運転席の側の地面を這うようにして俺と一緒に探してくれてさ・・・。ふぅ~。で、二人で手探りで探しているときにさ、俺らの手が触れたんだ・・・。  
 ふぅ~。俺、そのときさ、まるで電気で撃たれた気がしたんだよね。電気クラゲとか弱っちいやつなんかじゃなくさ、それこそ、機械室にあるようなでっかい発電機に撃たれたような、さ。ふぅ~。

 で、俺、信夫に言ったんだ・・・。「結婚しようぜ」って、な・・・。ふぅ~。

 それから信夫、照れちゃってさ。
 俺、三年、信夫に会えてねぇんだ・・・。ふぅ~。
 さみしくねぇか?っていわれりゃ、そりゃあ、・・・さみしいよな。

 ふぅ~・・・

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