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【思い出】KOBEの記憶に雪が降る③

思い出すだけでも、顔から火が出るほど恥ずかしい。


当時は若かったなあ、では済まないほど恥かしくてたまらない。


バラライカ、XYZ、マンハッタン、マティーニというカクテルが記載されてあるにもかかわらず、目の前のお客様からのオーダー「ジンリッキー」はメニューになかった。つまり、初めて耳にしたカクテルでレシピが全くわからなかったのだ。

この翌年、ぼくは仙台のとあるBARに行って初めて知った。格式の高い(と言ったら語弊はあるが)BARにはメニューがないのだ。ではカクテルの名前も味も知らないお客様がカウンターに座った時どうするのか?とあるバーテンダーはこう言った。


「それを見つけるのはお客様との共同作業みたいなもんですよ」。


そんな気の利いた言葉が浮かぶほど、洗練さのかけらもない20歳のぼくは、カウンターに一人で座った関西弁をしゃべるお客様の「ジンリッキー」のオーダーに、どうしたらいいかわからずすっかり固まってしまっていた。

こういう場合はカクテルブックを素直に見ればいいってことにも頭が回らず。


「ジンを炭酸で割って、ライム入れるだけや」。


もう、素振りで”こいつ作り方知らんな”と思ったのだろう。


言われてみれば、確かにそんなカクテルあったぞ。


あっ、はい!申し訳ありません…


タンブラーを冷やし、氷を捨て、ライムを半分にカット。それをタンブラーの上で絞り、そのままグラスに入れる。氷を入れてビーフィーター・ジンを注ぎ、炭酸で満たす。マドラーを添えてカウンターへ。


関西弁のお客様はグラスに一口を付けると、何も言わずにマドラーでライムを潰しながら、また無言の時間が流れ出した。ゆっくりゆっくりジンリッキーを楽しみながら。


ぼくはレシピを知らなかった恥ずかしさと、とりあえずはクレームもなく飲んでいただいた安堵感でいっぱいになり、会話を考えるのをやめた。既に閉店時間は過ぎていたものの、帰りたい、と思うより先に”次のオーダー”が気になって仕方なかった。


ぼくが立っているカウンターの後ろは開かずの窓になっていて、昼はロールカーテンを降ろし、夜はゲレンデのスポットライトが照明の一部になるため上げる。外は少しだけ吹雪いているようだ。


気が付くと、ジンリッキーは空になっていた。恐る恐るマニュアルに従う。
おかわりはいかがいたしましょう。
すると、予想していない一言がかえってきた。



「最後、にいさんの”おすすめ”くれる?」



”おすすめ”ですか。かしこまりました。がんばります。


少し、というか大分驚いたが、レシピの知らない聞いたこともないカクテルのオーダーよりはましだ。

もし、和気あいあいな会話がそこにあったら、一杯めがジンライム、ジンリッキーなのでジンベースがお好きなんですね、タンカレーはいかがでしょうか。とか、最後は強めのショートカクテルにいたしますか。など気を回せたとは思うのだが、会話の暖機運転がないと口が動かなかったぼくは、がんばりますと答えるのが精いっぱいだった。

お客様のことで確実にわかるのは、関西弁ということ。


そして、
無言のままお部屋に帰してしまうのは、にわかバーテンダーとしても、やっぱり寂しい。


シェーカーのボディを上向きにし、バカルディを注ぐ。ピーチツリー、ボルスブルー、ライムジュースと続き、氷を入れてシェイク。タンブラーに注ぎ、炭酸で満たしたら軽くステア、ミントチェリーとマラスキーノチェリーを沈めた。鮮やかな空色のロングカクテルだ。

お待たせいたしました、と目の前のコースターの上にそっと置く。
ほう…とため息を付きながら、カウンターのお客様は一口味見をする。



「すっきりしてますね。これなんて名前?」



ありがとうございます。カクテルの名前は”KOBE”といいます。




「KOBEって…」




「神戸か!?」


<続く>


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