辞書指導について

高校生20人ほどをスペインホームステイプログラムで引率したことがある。生徒たちは午前中語学学校で授業を受ける。オレはやることがないので、授業を見たり、語学学校の先生とかスタッフと雑談していた。そこで、こんな話を聞いた。

「日本人が会話のレッスンに来たら、必ず言わなきゃいけないことがあるんだ。なんだかわかる?辞書を持ってくるなってことなんだ。日本人はこっちが何か話してもすぐに辞書をひく。少人数の会話の授業なんだからわからなければ私たち先生に聞いてくれればいいし、単語の意味を説明した直後に辞書をひかれると『おいおい、私の説明を信じてないのか』って思う」

これをスペインの大学に留学した元教え子に話したら、

「あー、そういえば私も大学の授業で同じことしてめっちゃキれられたわー!でもさ、留学してわかったんだけど、西和辞典の訳って結構インチキだよね。予習で調べていった意味となんか違うから、先生に直接聞いたらすげーわかった、辞書に書いてある意味違うじゃん、ってこと何回もあったよ」

日本の英語の先生は「語学学習に辞書は欠かせない」「辞書の使い方を教え込めば生徒は自主的に英語を勉強するようになる」「辞書を最大限活用するためには紙の辞書じゃないとダメ」と言っている。

まぁ「学習」としてとらえた場合は確かに辞書、特に紙の辞書はいいツールだと思うよ。「学習」ならね。

でも英語を「使う」ことを考えたら、つまり「学習者」でなく「ユーザー」を育てようと思うなら、辞書は邪魔になりかねないとオレは思う。

オレも昔は当然辞書信者だったので、知らない単語が出てくると必ず辞書をひいていた。最初に出た電子辞書は5万円以上だったし、今では落ちていても誰も拾わないくらいしょぼい機能しかなかったが、買った。英語やスペイン語の小説を1冊、知らない単語を全部辞書でひいて意味を余白に書き込みながら読んだこともある(根性)。

でも、そんなことやってたときは、大して読解力も語彙力も上がらなかった。やった本人が言ってるんだから間違いない。なぜ上がらなかったかというと、そんなことやってたら、たくさんの量に触れられないからなんだろうね。それに辞書をひいているときは「学習モード」になってるから、本当の意味でのmeaning-focused inputになっていないんじゃないだろうか。

というと「単語の意味を知らないままやみくもに読んだって語彙が増えるわけはない!」と言われるんだけど、それはその通りだろう。受験勉強なら、知らない単語は意味を調べながら勉強しないとダメだと思う。ただ、いつまでたってもそこから抜け出せないようじゃダメなんじゃないかということ(ただ不思議なことに常に辞書をひくように生徒に言う先生が、ターゲットやシス単、ユメ単の単語テスト大好きだったりする。辞書ひけひけ言うなら単語いちいち暗記させなくていいだろ)。

なので、中学校や高校での「辞書指導」は適当なところでいいんじゃないかと思うわけ。特にこれだけテクノロジーが発達して、電子辞書どころか「マウスオーバー辞書」やスマホでタップ一つで辞書が出てくる、いやいやそんなことしなくてもフレーズ単位の「AI翻訳」がかなり正確になっている今どき、辞書とにらめっこして単語の意味考えている時間もったいないと思わん?その時間をもっとmeaningful input = comprehensible input = exposureにあてた方が絶対いいと思うけど。

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