見出し画像

フィリピンへの「タイフォン」配備継続に関する各メディアの反応と経緯

はじめに

今春からフィリピンへの配備が続く「タイフォン」に関する報道が相次ぐ。実は著者は今春からこの問題を陰ながら追っていた。私の見解はこのことを支持するというものではあるが、今回は見解というよりも一連の経緯と各社の見解を追っていきたい。


INFをめぐる経緯と意義

INF条約の展開と失効

経緯については日本語で読めるのでこちらの読売記事を薦めるが経緯だけ書いておこう。
まずこのことを語る上では中距離核戦力全廃条約(INF)を論じずにはいられない。以下は長崎大学核廃絶研究センターの同条約の歴史的経緯である。こちらを引用する

中距離核戦力(INF)全廃条約は、500~5,500㎞の射程を有する、地上発射型の弾道ミサイル及び巡航ミサイル(搭載される弾頭が核弾頭であるか通常弾頭であるかは問わない)を3年以内にすべて撤廃することを定めた米ソ(ロ)の二国間条約である(英語)。正式名称を「Treaty between the United States of America and the Union of Soviet Socialist Republics on the Elimination of their Intermediate-Range and Shorter-Range Missiles(中射程、及び短射程ミサイルを廃棄するアメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦の間の条約)」という。1987年12月8日に、米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長の間で調印され、1988年6月1日に発効した。条約の履行期限である1991年6月1日までに、米ソあわせて約2,700基のミサイルがこの条約に基づいて廃棄された。なお、条約が廃棄を定めたのは地上配備の中距離ミサイルのみであり、海洋配備や爆撃機搭載のものは含まれない。
(中略)
1970年代半ば、ソ連は東欧において、SS-20中距離弾道ミサイル(IRBM)などの配備を開始した。これらは米本土には到達しないが西欧全体を射程に含めるものであり、欧州はこれらを重大な脅威と受け止めた。北大西洋条約機構(NATO)は1979年12月12日の理事会で「二重決定(dual decision)」方式を採用した。これは、ワルシャワ条約機構に対し1983年末までにINFを撤去する軍縮交渉を求める一方、交渉が実らなかった場合には米国のINFである地上発射巡航ミサイル(GLCM)とパーシングⅡ弾道ミサイルの西欧配備を行うという二重性を持った決定である。

1981年10月、欧州のINF撤去に向けた米ソ交渉が開始された。しかし結果を出せる見通しがなくなったと米国が判断したことから1983年11月にミサイル配備に踏み切り、交渉は一旦決裂した。1985年3月に再開された交渉は、ゴルバチョフ書記長のリーダーシップもあって無事に進み、条約の対象となるINFも欧州配備だけでなく、グローバルに拡大された。そして1987年12月8日、レーガン米大統領とゴルバチョフ書記長によりINF全廃条約が調印された。条約に基づき、約2,700基のミサイルが廃棄されたのは上述の通りである。

長崎大学核廃絶研究センター、「中距離核戦力禁止条約(INF)」
https://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/database/condensation/inf?doing_wp_cron=1731319080.4567999839782714843750(2024年11月11日確認)

このような経緯があって成立した条約である。ここでまず最初に重要なのはINF条約は米ソ間で成立し、米国が2019年に脱退するまで米露間のみで継続してきたものである。アメリカのINF脱退に関しては日本では否定的に論じられることがあるが、まず冷戦後に米露以外の国々が中距離核戦力を保有することになったことがことの根本にある。NPT外の核保有国だけでなく、かつて日本と共にソ連の中距離核戦力SS-20が欧州のみならずアジアに配備されることを恐れともにグローバル・ゼロを求めた中国も保有するようになった。そうした経緯からロシアはこれに反発するかのようにアメリカに違反を指摘されるような行動をとっていった。そうした経緯もあり、アメリカはトランプ政権期の2019年に同条約を脱退し、のちにINF条約は失効している。

ポストINF条約とインド太平洋

まず初めに日本ではネガティヴに語られがちな米国のINF脱退ではあるが、幅広い視点を学ぶために以下の著書を推薦する。こちらでは抑止論・核戦略をはじめとする軍事に関する専門家や軍備管理の専門家、各解説でもお馴染みのロシアや欧州の専門家が執筆陣である。この詳しい経緯はこちらの本に頼りたい。ここでは高橋杉雄氏の担当章の触りだけ引用する。関心のある読者は一読することを強く薦める。

(欧州)
ポストINF打撃システムの役割があるとすれば、ロシアの安全保障環境がむしろ悪化することを認識させ、軍備管理の必要性についての共通認識を再び形成していくためのレバレッジとしての役割ということになろう。
(インド太平洋)
すなわち現状において、中国は米国に対する第一撃のアドバンテージを有していると評価できる。これは、状況が緊張した危機時において、中国側に第一撃を行なうインセンティブが生まれることを意味しており、戦略的安定性の中での危機の安定性が不足している状況であると考えられる。よって、米国および米国の同盟国に課せられた戦略的課題は、現在中国が湯している第一撃のアドバンテージをいかに相殺して、通常戦力における相互抑止体制を構築していくかということである。
*()内は筆者が挿入

高橋杉雄,2020

というのが専門家の分析である。今回のタイフォンのフィリピンへの配備は後者の方である。こうしたことから、まずは米国と日本やフィリピンを含めた同盟国としては必要とされることである。ある軍事ライターがかつて「中距離ミサイルは海洋発射型があるのになぜ中国は反発するのか?」という趣旨の発言をしていたがこうした経緯があって、今回のは米比にとってみれば前進であるし、中国にとってみれば「反発する」なのである。また今回の件に直接関わる地上発射型巡航ミサイル(GLCM)に関しては高橋氏は以下のように説明する。


イージス・アショア同様に地上にマーク41垂直発射装置を置く方法と、改めてTEL(移動式発射機)を開発して路上移動式として運用する方法とがある。前者の垂直発射装置の場合、固定式であるから中国側の戦域打撃システムに対して脆弱性が高くなってしまう。マーク41は元来艦載用であるから、米国のミニットマンⅢICBMのような防護されたサイロ(ミサイルを収納するために地中に設置された円筒状の施設。鉄筋コンクリートで頑丈に造られる)のような設備で直接防御力を高めることはできない。よって、非脆弱性を高めるには、濃密なミサイル防衛網によって防護する必要があるが、これは当然必要なコストを高めることになる。その場合、こうしたコストを正当化するような、ほかでは代替不可能な役割を見い出す必要があろう。一方、非脆弱性を高めるために路上移動式とした場合には、数量の確保が困難となる。

(高橋杉雄,2020)

GLCMの同地域への配備の難しさなどの論点をあげている。今回のフィリピンへの配備は基本的にGLCMの議論であるためこの問題に向き合わなければならない。一方でポストINF兵器としてのMRBMの配備やHGVの配備については中国へのコスト負荷ーBMDの開発などーに対する意義など前向きな議論が展開されていることも抑えておきたい。

今年のフィリピンへのタイフォン配備の経緯

配備の推移

ここではうまくまとめられている本日11月11日付の読売新聞や先日のFinancial Timesの記事を参考にしたい。


まず今年の4月まで遡る必要がある。米陸軍は4月の合同軍事演習のためにフィリピンに中距離ミサイル発射システム(MRC・タイフォン)を持ち込んだことから始まる。あくまでも当時は演習のための持ち込みだと米比当局者は説明をしていた。ちなみに中国からは当時も反発があった。一方で7月に入ってもタイフォンはフィリピンに配備されたままであった。(産経新聞2024年7月2日)この際フィリピン陸軍の報道官は9月中までは維持するとしていた。

しかしながら11月に入っても配備は継続する。そうした中でたのが今回のFinancial Timesの記事である。同記事の中では政策サイド・制服組のコメントを載せている。同記事ではランチャーの保有に肯定的な反応を示しており、将来的な獲得を目指していることが窺える。

MRCタイフォン(CNN)

米国の政策や専門家の議論

先ほど、高橋杉雄氏の意見を引用したが、では今回の件にはどのような意義や意味があるのだろうか?実は朝日新聞で今年の4月にチャールズ・フリン太平洋陸軍司令官(陸軍大将)のインタビューが掲載されている。有料記事であり、著作権を考慮した上での記述になるが、「中距離能力を持つ発射装置を間もなく配備する」ということを述べている。詳細は避けたいがフィリピン以外も候補として上がっている。このことを踏まえると今回の件は米比双方にとって利益がある話ということが明確であろう。

日本についての言及がある以下の記事を紹介して本章・本節を終えよう。軍事演習のための中距離能力の発射装置について持ち込みの提起があったとされるNikkei Asiaの記事である。反撃能力保有以前からも日本への配備についての議論はあったが、読売の報道でもあるように進んでいないという見方もある。

また今後の報道として今回の件を「軍拡競争を煽る」という報道や「安全保障のジレンマ」を用いた定番のロジックの反論があるだろうが、対中優位の今般においてキャッチアップをしない方がリスクであるということが主流の議論であるということを主張しておきたい。事実として先述した通りINFの縛りのもとで地上発射型中距離ミサイルを保有できなかった米国に対して、中国は多くの中距離・準中距離弾道ミサイルや同程度の巡航ミサイルを保有している。こうした前提なき議論は低レベルであり、嘘つきと言われても過言ではないだろう。

終わりに

今回はMRCタイフォンのフィリピン配備に関する経緯と米国の地上発射型中距離ミサイルの配備の意義についての解説を専門家の議論を引用しながら紹介した。ここまで読んでいただいたことには感謝したい。政治的な発言は避けたいが、一つだけ述べておきたい。現行において「稚拙な対米自立論や対米従属という言葉を用いた批判」は本当にリスクであろう。唱えるのは自由ではあるが異なるプランを論理的に説明してほしい。また将来的に日本がどこまで拡大抑止を補完するために役割を果たすのか、そうした議論は今のうちにすべきである。日本に防衛費大幅増を主張するエルブリッジ・コルビーをはじめとするメンバーの次期政権入りが確実視されている。過度にネガティヴに語るのではなく、日本の果たすべき役割や日本の国益とは何か?を考えてほしい。ぜひこの文章はメディア関係者の方々に覚えておいてほしい。日本の安全と日米関係、東アジアの安定のために。
*参考になれば、ご支援の方をいただけると幸いです。

参考文献

・森本敏・高橋杉雄編著、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛:INF条約後の安全保障』、並木書房、2020年


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?