
ORCIEトピックス「オーバーツーリズム解決の糸口は」
コロナ禍前から指摘されていた「オーバーツーリズム」。コロナ禍で一旦は鎮静化したものの、リバウンド需要が顕在化するにつれ、2024年は各地でオーバーツーリズムが再燃する事態に。オーバーツーリズムとは、いったいどのような現象なのか。背景に様々な要因が絡み合う問題に対して、解決の糸口は見つかるのだろうか。
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1. オーバーツーリズムとは

国連世界観光機関(UN Tourism)によれば、2024年の国際観光はコロナ禍の鎮静化に伴って、コロナ禍前の水準を完全に回復すると見込まれている。事実、わが国のインバウンド(訪日外国人観光客)の数も2022年秋頃から増加基調が鮮明となり、V字回復の様相を呈したが、京都市や鎌倉市、東京都渋谷区などでは、訪日客数が受け皿である観光地のキャパシティを超え、地域住民の日常生活や事業活動に著しい支障をきたすほどの深刻な問題となっている。こうした観光需要の急激な増加が引き金となり、コロナ禍前にも経験した「オーバーツーリズム」が再燃している。
最初にオーバーツーリズムの言葉が使われ始めたのは諸説あるものの、米国の旅行・観光情報の専門メディア「Skift社」のウェブサイトに掲載された2016年とする説が有力なようである。折しも、バルセロナ、ベネチア、アムステルダムなどの都市でオーバーツーリズムが深刻化したのがこの時期に当たることや、他の文献などを参照すると、厳密に初出を特定するのは難しいにしても、概ね2010年代の後半に社会問題として認知されたとみてよいだろう。
このように、オーバーツーリズムは観光がもたらす悪影響に関する、一般的・学術的な議論の中では比較的新しい用語であり、確固たる定義は存在しないが、幾つかの関連機関や識者による定義を掲載しておく(図表1)。簡潔に言えば、「観光地やある地域に、観光客が想定以上に増加することで、地元住民の生活の質や観光客の体験の質・満足度を大幅に低下させるような状況」となる。
図1 オーバーツーリズムの定義


いられている(TRAVEL JOURNAL 2023年11月20日号,p.10)。
[2] 宮本佳範(2022),pp.1-13。
2. オーバーツーリズムの原因

オーバーツーリズムを引き起こした原因には、様々な背景が考えられる。量的拡大策である入国ビザの免除措置や、長期にわたる円安是認の姿勢はオーバーツーリズムの遠因として、政策の誤りといえるのかもしれない。ともあれ、以下では阿部他(2023)などの文献などを参考に、政策以外の量的・質的な側面から整理してみよう。
◆ 量的変化要因
量的な拡大を招いた要因として、1つに新興国の経済発展に伴う中間所得層の増加(=1人当たりの所得水準の高まり)により、新興国の海外旅行需要が拡大していることである。大阪では近年、タイ、ベトナム、フィリピンなどからの観光客が増えており、中間所得層の増加に伴う余暇活動の広がりは、アジアにとどまらず世界的な傾向となっている。
2つに、移動手段の多様化と移動コストの低減である。具体的には、LCC(Low Cost Carrier:格安航空会社)という新しい航空サービスの普及によって航空運賃が安くなり、多くの人々にとって旅行が身近なものになった。コストの観点でいえば、ICTの進歩による旅行手続きの簡素化や情報収集コストの低減も、同様の効果をもたらした。
3つに、受け入れ側の問題として、適切な観光地マネジメントの欠如である。京都や鎌倉のような、観光地と居住地が近い都市では観光客の急増が直接、日常生活に影響を与えるケースがある。コロナ禍前から、こうした予兆があったにもかかわらず、コロナ禍の拡大で安堵したのだろうか、収束後の来るべき「リバウンド需要」に対する備えが十分でなく、オーバーツーリズムが再燃している地域もある。
◆ 質的変化要因
一方、観光の質的変化も要因と考えられる。その1つが民泊やゲストハウスといった新しい宿泊サービスの登場である。一般の民家や別荘などに安価で宿泊し、現地で暮らすような旅を楽しむ宿泊サービスは、LCCとともに旅行の心理的ハードルを下げることに寄与したが、これまで姿を見ることがなかった住宅地にまで、観光客が出現するようになった。
民泊サービスの普及も少なからず影響しているが、地域文化や生活そのものも観光資源となり、かつての観光名所を巡る旅から日常的な生活文化を体験する形態へと、観光のスタイルが変化している。観光客による生活圏への接近が増えたことで、これまであまり発生することがなかった、観光客と地域住民とのトラブルが散見されるようになった。
このほか、SNSの発達で個人の情報発信が活発化したことも挙げられる。世界中に情報が拡散されやすくなったことで、地元住民が思いもよらなかった場所がいきなり脚光を浴び、観光客が殺到する事態が起こっている。情報拡散のスピードが速く、その対応に苦慮する事例が各地でみられるが、訪問先での日常、すなわち「異日常」の体験が台頭するにつれて、こうした軋轢は増えるであろう。

から多くの来訪者が殺到し、周辺交通や店舗営業の妨げとなった例がある。
3. 何が問題か?

オーバーツーリズムにより、観光地では混雑、渋滞、ゴミの投棄、騒音のほか、物価・地価の上昇、生活利便性の低下、地域間の分断など様々な悪影響が懸念される。敷田(2023)は、観光地にある地域資源の維持管理・保全などの社会的費用が、オーバーツーリズムによって増加するにもかかわらず、観光客や観光産業(域外資本)がこうした費用負担から免れ、地域側が負担している点を問題視する。
観光客(ゲスト)と地域側(ホスト)の間に存在する「資源を消費する/される」という関係は、不均衡な二項対立の構図であり、マス・マーケットを対象とした従来型観光の弊害といえる。ゲストとホストが対等に社会的費用を負担し、双方向な交流を通じて両者の持続的な関係を築くことが、ポストコロナにおける新しい旅の形態であると考える。
さらに、オーバーツーリズムをめぐる対立はゲスト-ホスト間のみならず、ゲスト間同士でも起こりうる。インバウンドの急増により「旅行するのが煩わしい」とネガティブに捉え、国内旅行を忌避する日本人もみられる。日本の観光消費額の大半を日本人観光客が占める実態に鑑みれば、この機会損失は看過できる水準ではないかもしれない。それだけに、オーバーツーリズム解消の糸口を早急に見出す必要がある。

4. 問題解決の糸口

オーバーツーリズムに起因する諸課題に対して、観光地に居住する住民の態度に関する調査など、これまで多くの研究が行われている。ただし、観光産業の地域への進出や観光開発の是非についての反応をみるものが多く、観光客に対して示される住民の態度に焦点を当てた研究は少ない。ようやく、2010年代になってTourism Use History(TUH:観光利用履歴)の手法による研究が登場し、観光地の住民の旅行経験が多いほど観光客に対する態度がポジティブ(=受け入れに寛容)である、との分析結果が示されている。
余談になるが、言葉の成り立ちでみると、観光の語源は古代中国『易経』の「観国之光」にさかのぼる。訓読みは「国の光を観る」となり、観には「示す」の意味もあるという。誇りを持って地域の優れたもの(自然、文化、暮らし等)を見せるとともに、それらをゲストは心を込めて見て、学び、理解することでもあった。
観光はこのように本来、ホスト・ゲスト双方が相手を尊重しつつ、互いを理解する行為である。生活、文化、言語が異なる者同士が分かりあうのは、決して容易ではない。とはいえ、お互いが歩み寄る機会や場所がもっと増えれば、平和の象徴といえる観光の果たす役割は、より大きくなるはずである。
オーバーツーリズムを未然に防いだり、事態を収束させるにはどうすればよいのか?一朝一夕には解けない問題の糸口を、これからも模索していきたい。
(山本 敏也)

<参考文献>
阿部大輔他(2023)『ポスト・オーバーツーリズム-界隈を再生する観光戦
略-』学芸出版社。
敷田麻実(2023)「限界費用ゼロ観光に立ち向かって」『TRAVEL JOURNA
L』2023年11月20日号,pp.16-17。
永山久徳他(2024)「特集 訪日客のマナー問題再び-歴史的円安で変わる客
層への対策」『TRAVEL JOURNAL』2024年7月15日号,pp.8-17。
西村幸子(2019)「訪日外国人観光客に対する観光地住民の態度についての
研究(1)――社会的アイデンティティ研究に基づく理論的検討――」,
pp.57-71。
宮本佳範(2022)「オーバーツーリズムの諸問題と責任に関する考察」『東
邦学誌』第51巻第1号,pp.1-13。
Draper, J., Woosnam, K. M. and Norman, W. C. 2011 Tourism use history:
Exploring a new framework for understanding residents attitudes toward
tourism, Journal of Travel Research, 50(1), 64 77 。
Research for TRAN Committee(2018)Overtourism: impact and possible
policy responses, p.15 。
<参考資料・ウェブサイト>
NHKクローズアップ現代「どうする“集まりすぎる”客 観光地とオーバーツー
リズム」 2023年5月8日公開(https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ
6G/episode/te/XL1N975YNJ/)。
ジチタイワークスWEB「オーバーツーリズムはなぜ起こる?自治体ができる
対策を考える」2024年6月13日掲載(https://jichitai.works/article/details/
2538)。