詩って、けっきょくなんなのさ。(1)
こんにちは。くりこさんとの共同マガジン「ペチカ」記念すべき一回目の記事です。まさかわたしからと思ってなかったので、どきどきです。へへ。今回は私、詩人の小林が「詩について」を書きたいと思います。いろんな読者さんがいると思いますが、第一にくりこさんに教えるつもりで、書きますね。詩って何よ!と思う人々にもわかりやすく…精一杯書くます!。
では、早速!
そもそも詩とはなんぞや。
えーっとね。そもそもの話でいいますと、詩っていろんな種類があるんです。大きく分けると、戦争前に発展した【近代詩】、戦後に発展した【現代詩】と呼ばれるものがあります。それぞれ対しては、このような説明があります。
【近代詩】西洋のソネット(十四行詩)の影響を受けた新体詩に始まる。島崎藤村らのロマン派や、自然主義文学の影響を受けてありのままを書いた詩、わかりやすくて叙情的な詩が多い傾向にある。
【現代詩】戦争に加担したことを反省し、近代詩を否定。一貫して難解な方を進む。ライトバース(思いのまま、ありのまま起こったことを記す)も現代詩の詩ではあるが、前衛芸術としての現代詩とは一線を画す。しかし、その境界はボーダーレス。
(どちらも「公募ガイド vol.383 7/2018 」から引用)
なーんだか難しい言葉でよくわかりませんよねえ。うん、わたしもよくわからないぞ。とりあえず、詩には二つの種類というか、分類がなされているということです。そして、その分かれ目が先の戦争なんですよね。
詩はじつに自由なのです
詩は、短歌や俳句と違って、かなり自由度の高いものであるとわたしは考えています。もちろん、自由律俳句であったり、近代短歌は自由の象徴ですか?!と言わんばかりに自由です。でも、詩はね、基本的に、自由なのよ。どこで改行してもいいし、季語もないし、書き方にルールなんてなくって。…まあ、偉い人とかだと、「詩にはリズムが必要だ」とか「メリハリが大事、比喩のバランスが〜」とかね、いう人もいるかもしれなくって。
でもまず詩を書きたいと思ったら、なんで書きたかったのかな、って、そのじぶんの背景を考える。それは感情かもしれない。「悲しい」「苦しい」「うまくいかない」「楽しい」「幸せ」…。また、それはその瞳で見た光景、かもしれない。「道を歩いていたら桜が舞っていた」この一行からでも詩を書くことはできると思います。とりあえず、思ったことを、書くのだよ。
わたしは忘れんぼうなので、なんでもあ!って思ったこととか、生活していて面白かったことはメモで記録するようにしています。
・切れた電球のまま走る自転車はまっすぐな雷みたい
冬の夜はよく空気が澄んでいていいというけれど
わたしは春の夜が好きだ
温度感がわからなくて
厚手のコートを羽織っている時
首元に流れるすずしい夜風が好きだ
真っ暗なのにさみしくならないし
あるいたときにふわりと漂う花の香りとか
やわらかに光るコンビニエンスストアがやけに美しく見えたりとか
深夜のバス停に腰掛けてみたりだとか
読み終えた本を何度も読んでしまいそうになったりとか
こころなしか、春は空気がやわらかくて
なにをしても許されるような
無性にわくわくしてしまうような
そんな春の夜がたまらなく好きだよ。
こんな感じで思ったそのままをメモに残すと、後から見返して新たな発見があるかもしれないですね。
そうそう、それでいうと、わたしが資生堂花椿に応募した「今月の詩」は、感情とその日みた光景を比喩で表しています。
その当時の気持ちとか、読み返すたびにブワッと思い出します。これは、いわゆるキラキラ女子がわたしに向かってなんでこんなマウントを取るような発言をするんだろう?→そうか、あの子たちは世界を回す裁判官で、わたしは被告なんだ。お風呂場にいると嫌でも女であることがわかって悲しくなる。その気持ちを書いた作品です。自分でもだいぶくらいな、と思います。でもそれくらい、詩は感情にとらわれるものなのかもしれないよね。
詩は自由だ。言葉は自由だ。あなたが言わずして生まれなかった言葉はこの世の中にたくさんあるんだよ。怯えずに、書いてみましょう。まずは、そのいっぽが大事です。だってさ、詩って何かって分かっちゃったら、詩人っていないと思うんだ。わからないけど面白い。だから、書く。そんなシンプルな構図なんですよね。それはもう、巨匠と呼ばれている人ですら、そう思っているんじゃないかなあ。
なんかあんまり説明になってない気がする。えっと、こんな感じでいいのかな、くりこ先生ー。次回はとりあえずくりこさんの感じたことを書いてもらいます。どきどき。わたしのターンとしては、より詩を上達させるためのレトリックなんかをいいたいなあって思うよよん。
それでは、くりこさんにバトンタッチ!