ウィザードリィ異考録
昔あったWizardryの神話学のような事をやってみようと思う。まずは#1から。
基本的にはファミコンの表記をベースとし、必要な場合はApple版やMac版を参考にして本来意図されていた内容を推測し、可能であればよりニュアンスを反映した訳を提示する。
古いバージョンを重視するのは、末弥純やベニー松山に塗り替えられる前の本来のマイルフィックやフラックがどういう姿だったのかを考察したいというのが元々の動機として大きいからだ。ファミコン~スーファミ版のアートや世界観は好きだが、それはそれである。
アイテム
たんけん / Short Sword
一見合っているように見えるが、日本語で言う短剣はshort swordよりももっと小さく、ダガーやナイフに相当する。こがたのけんやしょうけんの方がよかったと思う。
メイス / Annointed Mace
annointは聖別という意味。聖別がよくわからない人が多いと思うが、だいたい一般のゲーマーが想像する祝福の範囲に含まれる。annointed部分がまるきり訳で無視されているのは、おそらくドラクエ3で言えば棍棒相当の最序盤の武器に「しゅくふくのメイス」等つけるのはためらわれたのだろう。私も初めてやった#5で「ひかるくさりかたびら」を何やら特別な効果を持ったいい防具だと思って買ってがっかりしたことがある。
よいたんけん / Blade of Biting
ウィザードリィは戦闘メッセージのchoppedをチョップしたと訳しているくらいなので、この辺の斬撃関係の語彙が正しく認識されていなかったのだろう。かといって「かみつきのたんけん」では短剣に歯が生えているようなものをイメージさせてしまうので、適当にお茶を濁した訳と思われる。
biteというと噛みつきの意味が有名だが、刃物で切った場合にもbiteを使うことができる。きりさきのけんのようにきれいな切り口ではなく、牙や爪で引っかいたような乱雑な切り口をイメージした名前だろう。ひきさきのやいば、がよいのではないかと思う。
なまくらなけん / Sword of Swishes
Swishは風を切ること。おそらく、「からぶりのけん」という意味だろう。ただ、語感としては「なまくら」というのは何とも攻撃が当たりづらそうなどんくさい印象は与える。
げんめつのたんけん / Epee of Dismay
epeeはフェンシングに使うような細身の剣であって短剣ではないが、当時の日本人にエペと言っても伝わりづらく、盗賊が使える点を分かりやすくするために短剣としたのだろう。伝わらない訳をしても仕方がないので全面的に悪いとは言えないが、さすがに短剣ではない。レイピアと訳してもよかったのではないだろうか。レイピアでもないのだが、細身の剣であることは伝わるだろう。
Dismayには狼狽という意味もあり、使ったら幻滅するのではなく、装備者の精神集中を乱す呪いがかかっているのではないかという気もする。
わざわいのメイス / Mace of Misfortune
丸きり間違っているわけではないが、この武器の呪いはStが下がるだけで、HPが減少するとかACが上がるとかではない。攻撃が当たりづらくなることを考えると、ふこうのメイスの方が合っていそうだ。
まっぷたつのけん / Sword of Slashing
slashに真っ二つという意味そのものはない。が、slashの持つ勢いやスピードを、特に切り裂きの剣との比較において、真っ二つという言葉はよく表現できている。名訳だと思う。
カシナートのつるぎ / Blade Cusinart
元ネタがフードプロセッサーのCuisinartというのはよく知られた話だ。このブランドはアメリカでは非常に有名らしく、日本で言えばキューピーマヨネーズくらいの知名度はあったようだ。要するに、日本人が「キューピーマヨソード」と聞いたらキューピーマヨネーズを思い浮かべるのと同じくらいにはアメリカ人にはフードプロセッサーであることがわかったわけだ。同じように日本人でもフードプロセッサーであることがわかるように、ただし原語でiを抜いているのを反映してほんの少しぼかして訳すなら、「フィドプロセザーのけん」のような訳になるだろう。
Cusinart、もしくはCusinart’という妙なスペルは、おそらく文字数を15文字以内に収めるためだろう。Cusinart’s Bladeだと16文字になってしまう。こう書くとEpee of Excellenceは?と思われるだろうが、Apple版はSHORT SWORD +2だったし、ファミコンではofを合字で1文字にした上で前後のスペースを省略して15文字に収めている。
むらまさ / Muramasa Blade
名前は良いとして、なぜこれがweaponなのかだ。手裏剣は知らない人から見たらなんだろうこれ?武器?となるのはわかる。#2や#3ではフレイルもweaponであり、これもまあわかる。村正はこれと同レベルで使い方がちょっとわからない武器ということだ。
西洋剣に比べて薄く細身なので儀礼用の祭具にでも見えたということだろうか、とも考えたが、それであればepeeの方がよほど細い。「刀は引かねば切れない」説通りの世界観で、突くにはepeeより重く、叩き切るには西洋剣ほど力が入らず、かと言ってただのなまくらにも見えず使い方がよくわからないということかもしれない。
かたいかわよろい / Padded Leather
詰め物をされた皮鎧であって、硬いとは書かれていない。何をpadしたとも書かれていないので、詰めたものや詰め方によっては硬くなっているのかもしれない。「あつでのかわよろい」辺りの方が近いかと思う。
ますらおのよろい / Sturdy Plate
sturdyは頑丈な、という意味だが、体格が立派な、というような意味もある。体格が立派な人の鎧という風に捉えた訳だろうか。
どうよろい / Body Armor
よろい / Armorより弱そうになったように感じた人も多いのではないだろうか。Body Armorは胴鎧ではなく甲冑のことなので、Armorより強いのは妥当。
ごうかなかわよろい / Treated Leather
特殊処理を施されたレザーのこと。特殊処理を施されたら通常品よりは豪華ではあるかもしれないが、どうも、treat=もてなしの意味から、もてなされた→豪華、という連想で訳していそうな気がする。「とくせいかわよろい」辺りが妥当ではなかろうか。
きぼうのむねあて / B-Plate of Boons
Boonに希望という意味はない。直訳するなら恵みの胸当てだろうが、若干弱そうに感じられるのも事実だ。当時のゲーム界での言語感覚ではなおのことだろう。こおりのくさりかたびらからすると11文字までは少なくとも許されているので、「しゅくふくのむねあて」でよかったのかと思う。
せいなるよろい / Armor of Lords
意訳ではあるが、当時の日本ゲーム界の言語感覚的にはちょうどいい訳だろうと思われる。くんしゅのよろいでHPが回復します、と言われても当時のプレイヤーにはちょっとピンと来ない感じは理解できる。「はおうのよろい」だったら何となく、くんしゅのよろいよりはHPが回復しそうな気がする。
古いバージョンのGarb(装い、正装等)からArmorに差し替えられたのは、君主の正装というのが玉座に座るときの時の豪華な衣装ではなく、戦時のための鎧だということを強調するためと思われる。
こおりのくさりかたびら / Armor of Freon
フレオンはフロンガス等のフロンのこと。他の解釈も考えられなくはないが、火炎抵抗を持つ辺りから判断してフロンを魔法の力で固体化して作った鎧のことで間違いないだろう。古いバージョンではChain Pro Fireだった時期もあり、くさりかたびらという訳も歴史を踏まえると間違ってはいない。
当時の日本人に「フロンのよろい」と言ってもフロンガスのフロンだと通じるかは微妙であり、通じたところで「ガスの鎧ってどういうことだ?」となりそうでもある。googleで「フロン」「freon」でそれぞれ検索した上位ページを眺めると、アメリカでは日本よりも冷媒として有名らしく見えるので、英語では通じたのかもしれない。
ふるびたかぶと / Helm of Hangovers
hangoverで言う古びというのは時代遅れの慣習などのことを指し、サビや経年劣化のことではない。通常hangoverは二日酔いのことを指す。ねじれたりひびが入るだけで呪いを与えてくる他の装備を見れば古びただけでも呪いを与えてきそうではあるが、二日酔いの兜と考えればアーマークラス上昇の理由がはっきりわかる。ただ、「ふつかよいのかぶと」ではあまりにかっこ悪いというのもわからないではない。「はきけのかぶと」くらいならちょうどよかったのではないだろうか。
Pかくれみ / P of Glass
原語はガラスのポーション。glass frogのように、透き通った体を持つ生物にglassが使われることがある。かくれみと言うと周囲に同化したり煙に紛れるようなイメージがあるが、飲むと体が半透明になるような薬なのだろう。
いましめのゆびわ / Ring of Rigidity
rigidityに戒めという意味はない。堅苦しいという意味合いならあるが、もっと単純に、「こうちょくのゆびわ」のことだろう。
Sいちげき / S of Torture
tortureは拷問や拷問の如き痛みのこと。Sげきつうくらいが妥当か。ただ効果が僧侶呪文のバディアルであることを考えると、Sごうもんが相応しく感じられる。
はじゃのゆびわ / Ring of Dispelling
実はdispelという単語に「呪文を撃ち破る」という意味はない。語源的にはdis+pellereであってde+spellではなく、単に「追い払う」というような意味である。ただしこの場合はRing of Dispelling Undeadの略だろうから妥当な訳だろう。
モンスター
ブッシュワッカー / Bushwacker
山賊。
ハイウェイマン / Highwayman
追いはぎ。
クリーピングクラッド / Creeping Crud
ぬるぬるした不気味なもの、の意。creepingには不気味なといった意味に加えて、忍び寄るという意味もある。日本語だと一番近いニュアンスの言葉はヘドロだろうか。Wizardryではそれに加えて忍び寄ってくるという意味のcreepもかかっているのだろう。訳すなら排泥と掛けて這い泥という感じか。
クリーピングコイン? / Creeping Coin?
?がついている理由はまったくわからない。
名前の意図は不明だが、このモンスターに関しては他に語りたいことがある。ブレスを吐くというメッセージが素直にブレスを吐いているのだととらえられることが多いようだが、実際にはあれはブレスではないのではないだろうか。大量のコインが群れとして体当たりしてきて数が多いから全体攻撃で、細かいものがバラバラとぶつかってくるから普通の方法では防げない。ただし、元が軽いものなのでたいした威力にはならない。それがクリーピングコインのブレスだと思う。だったらそういうメッセージを出せばいいのだが、このモンスターのためだけにメッセージを用意する容量がなかったということなのかと思っている。
ドラゴンフライ / Dragon Fly
dragonflyはトンボのこと。dragonぽいflyだからdragonflyと名付けられたのを再度dragonとflyに分解して新しいモンスターにしている。あえて訳すなら龍がろうと読めるのを利用して蜉龍くらいだろうか。カタカナのみでこのニュアンスを訳すのは無理そうに思える。
マーフィーズゴースト / Murphy’s Ghost
初代Wizardryの説明書を見ると、テストプレイヤーとしてMurphyという人物が2人いる。おそらく、複数形のマーフィーというのが開発中にネタになって雑魚モンスターのマーフィーになり、2人しかいないはずのマーフィーをなぜ3回も4回も倒せるのかという話になったときに幽霊という説明づけが行われたのではないだろうか。
ボーリングビートル / Boring Beetle
wood-boring beetleでキクイムシのこと。木に限らずなんでも食うということだろう。
ブリーブ / Bleeb
不明。bleepという擬音語はあり、高い電子音のことだと言う。テレビで伏せるためのピーッの意味もあるらしい。甲高い声で鳴く妙な動物ということだろうか。
Apple版の頃からグラフィックはカエルと共通のものが使われている。ただし不確定名がきみょうなどうぶつなので、もはやカエルとは見間違えない姿をしているようだ。後続で忍者を連れているので、自来也のガマガエルみたいなものなのかもしれない。
1966年の怪竜大決戦には自来也のカエルが登場しているので、これに影響を受けた可能性はある。ただ、その鳴き声はそれほどbleebという感じではない。どちらかというと、同映画に出てくる蜘蛛の方がbleebっぽい音を出している。この辺はイメージが混同されたのかもしれない。
フラック / Flack
よく言われている通りflackには広報係とか対空砲火といった意味があるが、この名前ではどういう生き物なのかわからない。後続にマーフィーを連れているところから考えると、名前は同様の内輪ネタ固有名なのではないかと思われる。もしかしたら、マーフィーと仲のいい広報係がいたのかもしれない。
名前そのものから姿を考えるのは無理があると思うが、まだヒントはある。不確定名、グラフィック、そして複数形の特殊変化だ。
初代Apple版においてFlackの見た目はスライムで、不確定名は奇妙な動物だった。ということはスライムのような不定形だったりジェル状の軟らかい体を持っており、しかもぱっと見の印象としてはスライムというよりキメラのような妙な動物に見えるということになる。
Mac版でのグラフィックは頭蓋骨で、これはマイルフィックやグレーターデーモンにも使われている画像なので、骨というよりも悪魔を表している。骸骨用にはスケルトンの全身画像が用意されている。元々がスライムと悪魔とで迷うような見た目をしており、どちらかと言えば悪魔の方が近いと訂正されたのだろう。
これらから判断すると、
・悪魔じみた顔を持ち
・一見して動物と思えるような四肢(八肢や十六肢かもしれないが)はある
・それらが臓物の中から生えている肉ゼリースライムのような化け物
みたいなものではなかろうか。
ここで複数形になるとFleckとなることに注目したい。変な変化に見えるが、我々はみなこれと似たものを知っている。man→menだ。こうした複数形での不規則変化は古英語に多く、古英語と同じ西ゲルマン語に含まれるドイツ語や、近接関係にある北ゲルマン語に含まれる北欧系の言語にも引き継がれている。
となると、古英語の響きを持たせたかった(=flackは古き存在であるというニュアンス)か、またはドイツやノルウェーなどゲルマン語圏のモンスターであるというテイストを匂わせたかったか、どちらかだろう。
ゲルマン語圏の臓物グロ系モンスターと言えば、スコットランドのナックラヴィーがいる。こいつは
・背中に人の体が生えた馬のような姿で、足にはヒレがある
・ブタの様な巨大な口が突き出ており、赤い大きな一つ目
・巨大な頭を前後に揺らしている
・皮膚がなく、筋肉や血管が剥き出し
・黒い血が黄色い血管を流れているのが見える
と言われる。
「一見して奇妙な動物に見える」「スライム的なぐちゃぐちゃ感」「しかしやはり悪魔のような見た目」と、フラックに共通している部分が感じられないだろうか。おまけにこいつは毒のブレスも吐く。
そしてこのナックラヴィーのスペルはNuckalaveeで、複数形はNuckelavee。ナックラヴィーと似たようなモンスターとして考えていた作者が複数形を設定する段になって、「NuckalaveeがNuckelaveeだから、こいつもFleckだな」と考えた可能性は十分考えられる。
以降はモンスターの不確定名。主にUnseen EntityとUnseen Beingの違い、そこから考えられるマイルフィックの姿について。
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