大島依提亜×丹地陽子、デザイナーとイラストレーターの幸福な関係 【プロフェッショナルストーリーズ Vol.12】
映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画が展開中。
第12回のゲストは、グラフィックデザイナーの大島依提亜さんと、イラストレーターの丹地陽子さん。大島さんは映画ポスターやパンフレットのデザイナーとして『ミッドサマー』(19)など、幅広く手掛けられています。丹地さんは、数々の書籍の装丁はもちろん、小説家・三浦しをんさんたちとのコラボレーションでも知られています。
『おらおらでひとりいぐも』のイラストポスターで、コラボレーションを行ったおふたりに、これまでの歩みや創作術、映画の印象について伺いました。
なお、『おらおらでひとりいぐも』公式noteでは、丹地さんに加えてイラストポスターを手掛けられた高橋将貴さん・石黒亜矢子さんにもインタビュー。合わせてお楽しみください。
(聞き手:SYO)
いち早くコンピュータでイラストを制作
――丹地さんは昔から絵を描かれるのがお好きで、美術系の高校から東京藝術大学のデザイン科に進学されたんですよね。
丹地:そうです。ちょうどMacが個人で買えるくらいの値段になったころにQuadra 610を買いました。
大島:あ、じゃあ僕と同じ感じですね。最初からペンタブを使われていたんですか?
丹地:そうですね。ワコムのはまだ出てなかったんじゃないかな? 最初は日立のものを使っていた気がします。ただそのころはまだ絵の仕事は全然なくて、企業のホームページがどんどん立ち上がってきたタイミングだったので、そっちの仕事が多かったですね。
そこから少しずつ、児童書やヤングアダルトの書籍の表紙を描かせていただくようになっていって、ホームページの仕事と書籍の仕事が7:3から5:5になっていって、いまはもう絵の仕事だけですね。
大島:丹地さんは、最初からコンピュータで描かれているんですよね。丹地さんはベースがアナログのイメージがあったから、驚きました。
丹地:趣味で描いていたころは、線画を描いてスキャンして……というのもやったんですが、線を整えるのがかなり大変で(笑)。仕事としては最初から完全にコンピュータで描いていますね。
大島:そうなんだ。いや、すごいお話だな。
丹地:私くらいの年齢だと、かなり珍しいかもしれませんね。
――コンピュータでのイラストに臨めたのは、デザイン学科のご経験が大きかったのでしょうか。
丹地:藝大のデザイン科は美大のデザイン科とは少し違うので、どうでしょうね……。
大島:あの頃って、Macのグラフィックの可能性が台頭してきたタイミングだったんですよね。若い子がこぞって使うようになった時期ではあった気がします。でもやっぱり、アナログの質感に見せる工夫はかなりされたんじゃないですか?
丹地:グラデーションが綺麗すぎるとデジタルっぽくなってしまうので、テクスチャーはよく使うようにしていました。アナログでスキャンしたものをオーバーレイ(重ねる)して……。そのやり方自体はいまと変わってないですね。
大島:最初にコンピュータを手に入れるとデジタル的な技法に走りそうなものなのに、創成期の時点でデジタルらしさと逆行して、むしろ“隠す”方向性を選んだのは、すごく面白いなぁ。
丹地:そうかもしれませんね。当時はそもそもコンピュータでできることが少なかったんですよね。「Undo(取り消し)」が1回しかできないとか、マシンの性質が低くて大きな絵が描けないとか……(笑)。
大島:個人レベルでもそうだし、出版社とか印刷会社とかデザイナーも、無理やり使っていたって感じでしたね。過渡期だったこともあって、アナログを織り交ぜながら推し進めていました。
丹地:コンピュータもすぐ固まるし落ちるし、めちゃめちゃ怒りながらやっていました(笑)。まだMOディスクの時代ですからね……。480×640とかで作っていました。
大島:いま思うと、よくやってたなと思いますよね。
同じように“再現”するのが難しい
――丹地さんのイラストはバラエティに富んでいて、「これも丹地さんが描かれていたんだ!」と驚くことがよくあります。
丹地:よく言われます(笑)。「この本とこの本、同じ人が描いているんだ!」って。
大島:アノニマス性が高いのは、本当にテクニックがある人じゃないとできないですよね。絵に関してこれだけ振り幅があって、しかもそれぞれのクオリティが高いって……僕の理想です。
丹地:じつは、器用に描き分けているんじゃなくて、「この前と同じ」といった感じに再現できないんですよね。だからシリーズものとかがすごくつらくて(苦笑)。
「自分の中のいまの流行はこういう描き方」を優先しちゃってつい絵が変わってしまうので、調整するのがすごく大変なんです。
大島:じゃあ丹地さん、漫画は描けないですね。
丹地:そうなんですよ! 同じ顔を何回も描くのは絶対無理(笑)。
でも猫とかはよく描いているかもしれませんね。
大島:すごくクールでカッコいい世界でも、優しい世界でも、猫がいるのは丹地さんの面白さですね。
――あと、ファッション性がすごく素敵だと思います。
丹地:ありがとうございます。でも実は、読む側の年齢層と服装が合っていなかったり、非現実的なものだったりしても駄目だし、非常に難しいところではあります。
大島:どれだけ描き手がファッション性を持っているかって、重要ですよね。例えばアニメにスタイリストさんが参加しているパターンなどもありますが、丹地さんは全部ひとりでできちゃうから隙がない。
丹地:いやいや(笑)。ファッションに関しては、流行ド直球じゃなくて、でもダサくもないというゾーンを目指していますね。ファッション誌とかを普段から読み込んでいるわけではないのですが、最近の着こなしはウエストが高めだなとか、髪はツーブロックが多いなとか、シルエットの把握はするようにしています。
イラストレーターさんがノッて描けるようにしたい
――おふたりはどういった形でお知り合いになったのでしょう?
大島:一緒に仕事をするのは、今回が初めてですね。昔から滅茶苦茶上手くてすごく好きで、虎視眈々と狙っていました。センスは抜群ですし、絶対に映画のポスターでお願いしたいと思っていたんですよ。『ミッドサマー』のファンアートも描かれていますし、映画がお好きだろうなとは感じていたので。
そこで今回、僕は「丹地さんを初めて映画のポスタービジュアルに引っ張ってきたぞ!」と思っていたんですが、じつは『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』(17)に先を越されていたんですよね……。悔しかったです(笑)。
ただ、当初はもしご一緒するなら洋画だろうなとは思っていたんですよ。でも、『おらおらでひとりいぐも』を観て、これは丹地さんだなと思ったんです。リアリスティックな絵を描きながらも、空想的な世界に融合させるのが非常に巧みな方なので、作品の構造に合致するなと感じて。
丹地:ありがとうございます。
【完成版イラストポスター】
大島:今回丹地さんには、実際の映画にはないシーンを、あえて描いてもらいました。完成品は夜ですが、昼バージョンもラフではあります。
【イラストポスターラフ】
丹地:昼バージョンは映画で使われたカットに近くて、雪も積もっているんですが、イラストで描くと意味を持ちすぎるような気はしたんですよね。どちらかというと、道路や街をしっかり描きたかった。
大島:郊外の道路を桃子さんがとぼとぼ歩いているんだけど、何か現実じゃない“幽霊性”というか、シリアスな雰囲気をやっていただきたいなと思ったんですよね。
――丹地さんは、作品をご覧になっていかがでしたか?
丹地:フィクションと現実の混ざり具合が、気持ちよかったですね。
大島:僕から依頼が来たのは、腑に落ちた感じでしたか?
丹地:はい! どういうものを描けばよいのか最初はわからなかったのですが、大島さんからイメージをいただいて、「これならすごくうまく描けるぞ!」と思いました(笑)。
大島:それはよかった。
やっぱり、ノッて描いていただけるのが一番いいから、ツボがどこにあるかは常に考えますね。
丹地:やっぱり得手不得手があるので、あんまり得意じゃない方向に振られてしまうとノれなくて、不本意な形で終わってしまうこともあるんですよね。
楽しく、自分が描かないと仕上がりがいいものにならないというのがここ10年で分かってきたので、そのスタンスが貫いていかなければと思っています。
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美しいイラストの数々で知られる丹地さんの創作術、そして大島さんの言葉の端々から感じられた、描き手への深い敬愛――。
おふたりが初めてのタッグとは思えない、貴重なお話が詰まった取材となりました。同時に、イラストレーターとデザイナーの幸福な関係を、見たような気もします。丹地さんと大島さんの次なるコラボレーションにも、期待が高まります!
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大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー。映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。主な仕事に、映画『かもめ食堂』『百万円と苦虫女』『(500)日のサマー』『シング・ストリート 未来へのうた』『万引き家族』『アメリカン・アニマルズ』『ミッドサマー』『デッド・ドント・ダイ』、展覧会「谷川俊太郎展」「ムーミン展」「高畑勲展」、書籍「鳥たち」吉本ばなな「三の隣は五号室」長嶋有「小箱」小川洋子など。
丹地陽子(たんじ・ようこ)
三重県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒。イラストレーターとして、書籍・雑誌・広告・webなどで活躍中。
Twitter:https://twitter.com/yokotanji
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