![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/130637685/rectangle_large_type_2_3918c13b0b160a927e0cccb603a7d804.jpeg?width=1200)
ネイメーヘン Nijmegen オランダ/ヘルデルラント ~「オランダ最古の都市」で無名の英雄の最期に思いを馳せる
※ 訪問記は2014年6月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。
公式サイトは市のサイトと観光サイトと完全に分離しています。こちらは観光サイト。英語読みで「ナイメーヘン」とも。
ワール川に面し背後にはマース川、ドイツ国境にも隣接した要所。ローマ時代からある古都でもあります。「オランダ最古の都市」を謳っています。1579年のユトレヒト同盟に参加したものの、いったん1585年にパルマ公ファルネーゼにより占領。1591年、ナッサウ伯マウリッツにより奪還されました。
Jan van Goyen (1641) ネイメーヘン・ファルクホフの風景
オランダ、しかも川沿いにしては陸地が高台です。街中を歩く分には、かなりゆるやかな坂なのであまり標高は感じません。
クローネンブルガー公園
旧市街西部にあるクローネンブルガー公園にある塔。15世紀に建てられた火薬貯蔵用の塔です。
マルクト広場
19世紀に市壁が取り壊された後、さらに第二次世界大戦で街の大半が破壊されたため、駅前を含む新市街を中心に、かなり近代都市の様相を呈しています。マルクト広場を中心とした旧市街は今でも昔ながらの風景です。19世紀の写真と現代のものを並べてみました。
マルクト広場のこのファサードから教会へ抜けます。
聖ステーフェン教会 St. Stevenskerk
マルクト広場に近接しているのですが、教会の周りを建物でぐるりと囲んであるので、入口が若干わかりにくいのと、教会全体の様子を写真で撮るのはちょっと難しいです。 おそらく1900年代前半と思われる写真で全体像がありました。
教会の内部は、17世紀オランダ絵画さながらの無機質な感じです。白を基調としているから尚更ですね。
ナッサウ=ジーゲン伯アドルフの墓標プレートのある教会。クサンテンでの戦闘で戦死したアドルフはここに運ばれました。 「ウィレム沈黙公の弟のアドルフでも、神聖ローマ皇帝のアドルフでもありません。ご注意」と、関連サイトにも書いてありました(今はサイトが変わってしまったのでありません)。また、墓標プレートは関連サイト内に書かれた場所とは違うところにあったので、教会ボランティアのおじさんと2人であちこち探してしまった。
アドルフのモニュメントは形からしてこれでしょうか…昔の写真で良く見えないのでわかりません。現在はこんな広々としてわかりやすい場所にないはずです。探し当てるのにけっこう時間かかりました。
アクセス
ネイメーヘン駅から直線距離は1kmないくらいですが、オランダにしてはめずらしく若干の上り坂になっているのと、ネイメーヘンって縮尺が大きくて歩くとけっこう遠いので、マルクト広場に向かうバスを使ったほうがいいかも。歩くならクローネンブルフ公園を通っていくのも良いです。
いいなと思ったら応援しよう!
![KOTOYO](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52817169/profile_1768542335544a46bc109596017dde90.jpg?width=600&crop=1:1,smart)