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ズタボロのメモは今かがやく。

 初めて調理現場に飛び込んだのは、けっこう歳食った年齢である。今さらと思ったものの、取得した資格を活かしてさらに上を目指したかったから。そのステップに絶対必要なのが現場での実務経験3年であった。

 栄養士として就職したが、初めは調理場スタート。調理師と調理員から指示を仰ぐのである。
 その内2名のベテラン調理員は、醸す雰囲気から「心して関わらなければならないであろう強敵」に見えた。そう思わせる空気を全身にまとっていた。
 陰湿ないじめではなかったけれど、「どれだけできるのか見せてもらおうか!」のオーラ、「○○さん、料理は得意?」と返答に困る質問をぶつけてきてはおもしろがるいやらしさ。人が失敗するのを待っている狭量な人物だ。調理現場に必ず1人は棲息するといわれるドンでありボスでもあった。

 そこでわたしは考えた。対策は一つ。早く仕事を覚えて口を挟ませないようにすればいい。これしかなかった。不器用は仕方ないので、見て考えて質問して多少は練習した。最初に料理を任された時は本当に怖かったが、やるしかないので少しずつ地道に取り組み続けた。

 1年もすると何も言われなくなった。言われて泣くような性格ではないのが幸いして、途中鬱々することもなく乗り切った。

 そんな新米を支えてくれたのがメモ。調理ポイント、切り方、火加減、鍋の種類などを殴り書きしている。見ながら作ることはできないので、予習復習は欠かせない。コソコソ書いてはめくり、めくっては書いた。気が焦って濡れた手で記録したこともあって、ページがふやけて波打っている。

両面にびっしり。必死だったねー。


 日付を確認すると、ちょうど9ヶ月間書いている。ようやくひと通り作り方を覚えてメモを手離せたのだ。

 最初は調理員から身を守ることが目的であったように思うが、気づけば献立や料理と向き合いながらスキルアップの目標へと昇華していった。

水が滲んだズタボロが悲しい後ろ姿


 調理経験は、今頃わたしに福音をもたらしてくれた。いろいろな料理を作って食べて、料理用語を覚えて本を読んだ。よくよく思うと、収入を得ながら勉強ができて一生必要なスキルが多少は身についた。

 めんどくさい時もあるが、概ね作るのは楽しい作業だ。あれも作りたい、これも試してみたい。作ったとてそんなに食べられないので、いつも作ってみたい料理の大渋滞で困っている。

 とりわけ意外なのは、こうして食についての記事をnoteへ投稿しているなんて。

 何もできなくて辛かった過去が今とつながる点と線だと感じながら、メモを片手にじんわりしている。


テーマ「乾物を使いこなす」 試作品
仕事でも乾物に助けてもらった。



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