07 好きな庭園<旧古河庭園>part2~洋館~
前回はこちらからどうぞ。
いっぱい勉強した庭園について自分の言葉で説明したいこのシリーズ、第二弾です。
旧古河庭園第二回目は、みんな大好き洋館。
ジョサイア・コンドル最晩年の作品、まさに彼の集大成ではないでしょうか。
彼が長年過ごした日本へのリスペクトがそこかしこにちりばめられています。
実は庭園と洋館は管理団体が別で、庭園が開園していても洋館が休みというのは結構あります。
特に夏とか冬の時期は休館が多いので見学したい場合は注意!
事前に開いているか確認しての来園をおすすめします。
古河家
「旧古河邸」と呼ばれることから、元は古河さんのお宅だったこの建物、古河財閥三代目当主・古河虎之助の本邸として造られました。
あの足尾銅山の銅山経営で財を成した古河財閥です。
虎之助氏はとにかく容姿端麗で高身長、歌舞伎役者が隣に並びたがらないほどの麗しさだったといいます。
実際、当時の写真を見るとまさに眼福。(古河林業さんのHPの年表の写真が分かりやすくて良いと思います)
こんな美形がこの洋館に住んでたのかよ…出来すぎじゃないか……
ちなみに初代当主の古河市兵衛は1万円札の渋沢栄一とも深い交流があり、息子だった虎之助はその馴染みで渋沢邸の近くに邸宅を構えたといいます。
(渋沢栄一の邸宅はここから徒歩20分ほど、王子駅近くなのです)
また、二代目当主の潤吉はあの外交官・陸奥宗光の次男で、古河家に養子として迎え入れられました。(虎之助とは違う方向のイケメン)
彼は市兵衛が没後に古河家を継ぎましたが、その2年後に36歳の若さで逝去。
その後数年を経て27歳になった虎之助が三代目当主となりました、まさに波乱万丈な古河家なのです。
ジョサイア・コンドル晩年の作
さて、建物の話に戻しましょう。
ジョサイア・コンドル晩年の作品と言いましたが、こちらは1917年に造られました。
コンドルは1877年に来日し、1920年に亡くなるまで、日本で後進の建築家を育て、自らもまた日本の文化に触れながら日本の近代建築の基盤を築き上げました。
東京駅の辰野金吾、赤坂迎賓館の片山東熊は彼の教え子であり、まさにコンドルなくして日本の建築は語れない!のです。
現存する建物ではいちばん古いニコライ堂(正式にはロシア人建築家ですが)、同じく1890年代に造られた旧岩崎邸と比べると、旧古河邸は装飾に関してはかなりシックな印象を受けます。
上記2つに比べるとだいぶ装飾が簡素な印象を受けませんか?
石の風合いが特徴的なので、比べなければあまりそのような印象はないかもしれません。
しかし、この点についてわたしが一番伝えたいことは、あくまで旧古河邸はその前の洋風庭園(バラなど)を含めた景観を意識して造られた建築物ということです。
バラが咲いていなくて洋館だけだとどこかさみしく感じますし、バラだけならぶっちゃけ他のバラの名所でいくらでも見られます。
ここは庭園と洋館が互いを引き立てあって作られる景観美なのです。
そのために洋館の色も抑え、装飾を最小限にして、色とりどりの花が咲く庭とのバランスを図っているのだと思います。
みんな無意識にそれが分かっているからその唯一無二の景を求め、バラの時期にここを訪れるんですね。
洋館・洋風庭園ともにコンドル作。計算されたバラの時期限定の美しさが胸を打ちます。
ちなみに、上の写真のツツジとのコントラストも素敵ですよね。
なんだか当たり前のことに感動してしまいます…!
地形を生かした邸宅造り
前回、欧米の美意識に「左右対称」を挙げました。
そのセオリーで行くとここは多分対称にするべきところなんです。
しかし、それをしないで敢えて非対称にしたのは何故か?
それはこの地形に対応させているからと言われています。
実は、洋風庭園(バラ園下段)は左右対称の造りではなく、微妙に洋館向かって右側がえぐれるようなカーブになっています。(下図参照)
これはもともとこの形にしたかった訳ではなく、地形を利用して造られたからこのような形になった(せざるを得なかった)のです。
そう、庭園の形に合わせて洋館のデザインも微妙にアシンメトリーにしているのです。
なんとも細かいですが、建築・庭園を一緒に設計した彼ならではの工夫なのでしょう。
造り
レンガ造りに石張りの建物です。
この赤みがかった灰色の石は真鶴産の新小松石。
雨に濡れると赤みが増して見えます。
近年この石の老朽化が激しいということで、現在補修工事を行っているようです。
近代建築専門の河東義之先生の論文を読むと、この洋館は「スコティッシュ・バロニアル」という様式で、スコットランドの田舎の別荘のような造りとのこと。
ちなみに「バロニアル baronial」はBaron(男爵)の形容詞。
虎之助も男爵の爵位を与えられています。
古河家家紋・鬼蔦
「おにづた」と読みます。
コンドルはその家の家紋を建築に取り入れることが好きなのか、(岩崎邸にも三菱の家紋が見られます)こちらの建物にも家紋のデザインがちりばめられています。
ルイ・ヴィトンのモノグラムは日本の家紋がモチーフになったというエピソードもあるし、欧米人の琴線に触れるのかな?
館内<1階 洋室>
さて、やっと館内に入ります。
入口を入ってすぐにホールがあり、各部屋へと繋がっています。
館内の撮影は禁止のため、この項のリンクは公式HPのギャラリーに繋げています。
撞球室
そこから見学順路順に行くと、まずは撞球室。
しょっぱなから何ですが、わたしは一番この部屋が好き!!
特に印象的な壁紙がコンドルらしさを強調していて最高です(復元されたものですが)。
岩崎邸でも金唐紙のエメラルドグリーンの部屋が大好きなもので…
撞球室らしく、ビリヤード台が置かれていた跡(大理石)や、照明も台に合わせて6つ設置されています。
ちなみに、撞球室の奥にはサンルームがあり、当時は喫煙所として使われていたそうです。
床は「新宿Loftかよ!」という…(分かる人は分かる)
いや、Loftの方が後か。
当時は来客とビリヤードしながら仕事の話をしつつ、時折このサンルームで外の景色を見ながら一服していたのでしょう。
応接室(通称 バラの間)
画像
壁紙、暖炉のマントルピース、そして天井の漆喰。
すべてにバラモチーフがあり、ここから上段のバラ園も良く見えることから、この呼び名がつきました。
まさにバラづくしな部屋。
ちなみにこのモチーフのバラはすべてオールドローズ。
いわゆるモダンローズが生まれたのは1867年でこの時点で50年近く経っていますが、当時は情報連絡手段も限られており、まだモダンローズ(花弁の先がとがった剣弁高芯咲きのバラや1年を通して咲くバラなど ※モダンローズについては詳しくはまた別に書きたいです)が浸透していなかったからこのデザインになったのではと思われます。
本館内ではこの部屋が一番明るい。気がする。
大食堂
雑誌や撮影などでもここが一番使われているのではないかな?
有名な深紅の大食堂です。
ここでお茶をした方も多いのでは。
天井の漆喰はたくさんのフルーツモチーフ、マントルピースの柄もすべて手彫りで財閥の邸宅らしくその豪華さが感じ取れます。
腰壁の高さは、この広い大食堂内で食事をしながら談笑するときに声が良く通るようにとの工夫。
さらに、調理室と繋がる小窓もあり、そこから料理が出せる仕組みになっています。
館内<2階 和室>
この洋館の本当の魅力は2階も見ないと伝わりません。
前回、旧古河庭園のキャッチコピーとして「和と洋が調和する大正の庭園」と説明しました。
このワードって庭だけかと思いきや、実はこの洋館にも当てはまっています。
1階は迎賓施設も兼ねた社交の場、2階は家族でゆったりと暮らす私的な場と使い分けられ、2階は当時の日本人により親しみのある和室となっています。
洋館の中に和室を作ることについて、いろいろとコンドルの工夫が垣間見れる非常に興味深いポイントです。
特にこの建物が作られた大正初期は文明開化で日本が急速に欧米化していた真っ只中。
貴族やお金持ちはこぞって洋館を建てますが、暮らしの場として和館を併置したり、和室を入れたりと、この時期の建築は和洋入り乱れていて非常に面白いです。
代官山の旧朝倉家住宅も同時期の建物で、あそこは日本家屋の中に洋室があります。
ただ、コンドル含め当時の建築家や職人さんは慣れない仕事で大変だっただろうなぁ。笑
そして、庭園との兼ね合いがもうひとつ。
1階の洋室からはすぐ目の前にある洋風庭園が見え、窓からの景色もバラをはじめとした洋となります。
そして2回の和室からは、その下に配する日本庭園が見え、窓からは和の景色を堪能できるのです。
(現在は木が繁茂していて見えないところもありますが…)
これすごいよな…
マジで100年前に戻って一目でいいから2階からの景色を見てみたい!
2階ホール
階段を経て2階ホールへ。
ここまでは洋の空間で、この先に和室があることを感じさせません。
ホールの上はガラス(だったような…ちょっと自信がありません、ごめんなさい。でも透明です)になっており、上から太陽の光を取り込んで2階を明るくしています。
(ちなみにこの上にも部屋があるはず)
和と洋の狭間、コンドルの工夫
この画像の左下をよくご覧ください。
襖の手前に木でできた廊下があるのが分かりますか?
ここが洋館の中に和室を入れ込んだこの建物の最大のポイントです。
この廊下が写真奥の障子の裏にも続いており、外から見ると普通の洋館、洋窓がありますが、うまく畳のある和室を入れ込んだ造りになっています。
これが和と洋の狭間であり、さらにコンドルの工夫(と書いて苦悩?)ポイントなんだと思います。
また、2階ホールの洋風の扉を開けるとそこにはすぐ襖。
これは初見でとてもびっくりしました。
いかに雰囲気を壊さないようにデザインされているか、このあたりも造りから苦労が伝わってきます。
2階の和室はわたしもまだまだ勉強不足で、これくらいしか書けません。
写真で説明するのはなかなか難しいのですが、洋館を管理している公益財団法人大谷美術館でガイドツアー付きの見学会(2階の和室にはこれでしか行けない)を開催されているので、興味のある人はぜひ参加してみてください。
建築に興味が無くても、わたしは楽しく聞けました。
ここで書いたことも、もっと詳しく説明されています。
ただし、バラの時期はかなり並ぶので要注意!
11月18日来園
これを書くために(?)また行ってきました。
洋館外壁補修工事が随分と進んでおり、久々にまじまじと見ましたがかなり発見があったのでここにも記しておきます。
まず
排気口が!!
赤く塗られている!!
窓回りの石が!!
差し替えられている!?
でもさすが違和感はないですね…
窓枠の色が塗られている!!
黄色っぽいのが前の色、白が新たに塗り直した部分かと。
終わりに
ヒエエエエエ
5,000文字になっちゃったよ…
でも次も…あります!!
次は日本庭園についてかな…
頑張って書くのでまた1カ月後くらいに上げられたらと思っています。
あ、でも11月下旬に京都に!!行きます!!
紅葉の京都!!!
そのレポートもここに書きたいので、そっち書いてからになるかもです。(なるべく熱いうちに書きたいので…)
が、気長におまちくださいね。
初めて書いた前回の旧古河庭園への記事に、いろんな界隈の方からスキをいただいてとっても嬉しかったです。
まだ勉強道半ば、でも面白いと思ったことはどんどん伝えていきたいと思います!
頑張ります!