The Witness ~いつの間にか視線は上へ上へ上へ~

 Portalのコメンタリーに、プレイヤーに上を見せるための工夫を語る場面がある。
 テストチェンバー10でのコメントである。プレイヤーの上にはポータルが開いたプレートがあり、そこからフリング(落下の勢いを利用し、ポータルから勢いよく飛び出すテクニック)を使って対岸に渡るのだが、テスト段階ではこのプレートはなかなかプレイヤーに気づかれなかった。そこでプレートを壁からせり出すように動かし、プレイヤーの注意を引くことにしたようだ。単純ながら効果的な方法である。
 一人称視点をフルに活用したパズルゲームを設計したい場合、プレイヤーの注意を上に引くのは重要な課題だ。開発者は上に空間があるならば積極的に使いたい。しかし人間は以外にも上に注意は向けないものだ。そのジレンマをうまく解消できるか、という点に開発者の腕が出てくる。
 この話を聞き、私はThe Witnessを思い出した。きわめてよく設計されたこのゲームは、プレイ中、上に注意を払わなかったためにストレスが溜まった場面が思いつかなかったのだ。当然ながら、これはゲーム中で上を見る場面が少なかったからというわけではない。風景パズルで上を見なければならないのはもちろんだが、それを除いても道中に頭上のパズルを見つける場面は多かったように思う。無論、道中のパズルで自然と慣れていった側面はあるだろうし、徹頭徹尾室内で展開するPortalと屋外を自由に動けるThe Witnessとでは注意の向け方も違うだろうが、しかし上を見るきっかけとなったものは必ず存在するはずである。

The Witness チュートリアルパズル


 記憶を辿ると、私が一番初めに上を向いたのはチュートリアルのこのパズルを解き、光るケーブルを目で追っていったときだったように思う。
 このチュートリアルパズルが、パズルのゴールによりギミックの挙動が変わることを簡潔に示しているのは今さら言うまでもないだろう。上下二つのゴールが存在するが、下のゴールに行きつくには上のゴールの側を通過しなくてはならない。多くの人間は、ここでひとまず上のゴールを選択する。しかし必要だったケーブルは光らず、行先の分からないケーブルだけが光る。改めてパズルを解く必要が生まれ、同時に到達したゴールによってギミックが変化すること、そしてその結果を予測したうえでパズルを解かなくてはならないことを理解する。これだけでもプレイヤーがどう反応するかを正確に計算した優れたチュートリアルだと言えるが、城砦の外に延びるケーブル、あるいは頭上の意味ありげな足場に視線を誘導し、次なる目的を提供する役目も同時に担っていると考えると、このパズルがより深い意義のあるものに見えてくる。
 思えば、このチュートリアルの城砦に延びるケーブルは要所要所で壁に沿って上下している。決して地面の上に投げ置かれているわけではない。ケーブルを追うにはこちらも視線を上下させなければならず、そしてそれはこの発見に満ちた島を探索するために身につけておかなくてはならない作法でもある。プレイヤーはチュートリアルを通してそれを自覚もなく身につけさせられる。いわばこのチュートリアルは、単純な操作の紹介にとどまらず、良き探索者へとプレイヤーを導く役割も果たしているのだ。この透明な導きを経て、プレイヤーは自分の実感以上に多大な経験を得ているのである。
 チュートリアルというものは、ゲームの中でもっとも美しい場面の一つである。正しい誘導には正しい機能の発現が求められる。言い換えれば、チュートリアルはゲーム中の他のいかなる場面よりも、精密な機能の噛み合いが必要とされるのだ。その機能は常に目に見えるものではない。しかし改めて目を凝らすと、想像以上に我々が機能に生かされていることを実感させられる。それこそ我々が漠然と「良い」と感じるものの正体なのである。

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