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うつを疑った時の2つの質問
うつ病は、一部の人だけが患う病気ではありません。
15人に1人は うつ病を経験する と言われています。うつ病の診断にまで至らない状態まで含めると、さらに多くの人がうつ病症状を経験することになります。
厚生労働省をはじめとして、一般向けに様々な情報が発信されています。
うつ病の患者さんの多くは、最初からはメンタルクリニックを受診しません。
より受診のハードルが低い科を選ぶ、身体症状がメインのため自分ではうつ病だと気づかなかった、など様々な理由があります。
そのため、専門外の医療者も簡単な評価法を知っておく意義があります。
今回、うつ病を見つけるための2つの質問を紹介します。
2つの質問
① 気分が落ち込む
「気分が落ち込んだり、憂うつになったりする
ということが、よくありましたか?」
「抑うつ気分」と呼ばれる、うつ病の主な症状の1つです。
質問された側も明らかに気分についての話題と分かるので、話の流れに気をつけることも大事です。
身体の症状について相談していて急にこの質問をされると、戸惑うかもしれません。身体症状の心理的な影響度を知るために質問している、ということも説明すると良いかもしれません。
身体疾患がある場合はうつ病の有病率が高くなることが知られています¹。その逆に、うつ病によって身体症状をきたすこともあります。そのため、身体症状と抑うつ気分は、相互に影響します。
② 楽しめない
「物事に対してほとんど興味がわかない、または楽しめない
ということが、よくありましたか?」
「興味または喜びの喪失」と呼ばれる、うつ病の主な症状の1つです。
"物事" といっても、漠然として答えにくいと感じられるかもしれません。その場合は、いつもなら興味がわく・楽しめることを具体的に想定してみましょう。
たとえば、趣味やストレス解消法の状況を聞いてみるのも良いです。
他者に相談したいほどの症状をかかえている状況なので、その辛さを紛らわす行動が保てているかという文脈で、その人の辛さを理解するのに役立ちます。
医学的な補足
この2つの質問である理由
うつ病の基準として米国精神医学会の診断分類である『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM)²が参照されることが多いです。
そこでは「抑うつ気分」または「興味または喜びの喪失」が必須症状とされています。
つまり「抑うつ気分」と「興味または喜びの喪失」のどちらもない場合、うつ病の可能性が低いです。
この2つの症状を質問する方法 (2質問法) は、うつ病のスクリーニングとして有用です。わずか2つの質問なので、短時間で簡単に実施できます。実際に、プライマリ・ケアの現場でも広く活用されています。
近年の研究でも、他の症状まで評価した場合と同等に、十分な感度があるとされています³。
どこからが異常?
病気でなくても、気分が落ち込んだり、何も楽しめないほど疲弊してしまったりすることはあります。どの程度からが抑うつ症状と言えるのでしょうか?
診断基準 (DSM) の日本語版⁴には
「同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている」
と記載されています。
より具体的なものとして、PHQ-2と呼ばれる方法があります。前項で紹介した研究で評価された方法です。
PHQ-2では「抑うつ気分」と「興味および喜びの喪失」のために、直近2週間で悩んだ頻度を4段階で点数化しています。2項目の合計が2点以上で陽性と判定します。
0点 : 全くない
1点 : 数日
2点 : 半分以上
3点 : ほとんど毎日
つまり、「抑うつ気分」と「興味および喜びの喪失」のそれぞれで悩むことが数日ある場合や、片方でも悩む日が半分以上ある場合は、うつ病の可能性があります。
参考文献
Evans DL, et al. Mood disorders in the medically ill: scientific review and recommendations. Biol Psychiatry. 2005;58(3):175-189. doi:10.1016/j.biopsych.2005.05.001.
American Psychiatric Association. Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed., text rev.).2022. doi: 10.1176/appi.books.9780890425787.
Levis B, et al. Accuracy of the PHQ-2 Alone and in Combination With the PHQ-9 for Screening to Detect Major Depression: Systematic Review and Meta-analysis. JAMA. 2020;323(22):2290-2300. doi:10.1001/jama.2020.6504.
日本精神神経学会 (日本語版用語監修), 髙橋三郎, 大野裕 (監訳). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院: 2023. (出版社ページ)
実践例
2つの質問について解説してきました。実際の面接例を見てみましょう。
医師: 「疲労が強いということですが…。」
患者: 「そうなんです。最近は何をしても体が疲れてしまって。なにか変な病気じゃないかと思って相談に来ました。」
医師: 「疲れてしまうことの他に、一緒に感じている変化はありますか?」
患者: 「疲労感のせいかもしれませんが、やる気も出ません。何をしても楽しいと思えなくて…。」
☆ 身体の主訴だが、他の特徴を探すため随伴症状を聞くと、抑うつ気分があった
医師: 「それはつらいですよね。いつ頃からそのような気分が続いていますか?」
患者: 「1か月くらい前からですかね…。最初は疲れているだけだと思ったんですけど、だんだん悪くなってきて…。」
☆ 2週間以上続いている
医師: 「1か月ほど前からですね。最近の生活で何か特別な出来事や変化がありましたか?」
患者: 「とくに思い当たることはないです。仕事もしていますし…。」
医師: 「なるほど。こんな状況では仕事の能率に影響しませんか?」
患者: 「たしかに、仕事に時間がかかるようになりました。ストレスも多くて…。」
☆ 外的要因や病前からの変化の確認
医師: 「それは大変ですね。ストレスは解消できていますか?例えば興味があることや楽しいと思うことは続けられています?」
患者: 「うーん。よく映画を観てたのですが、最近は全然観る気にならなくて。楽しみにしてた新作も観ても面白いと思えなくて…。」
☆ 興味または喜びの喪失の確認
うつ病は身体症状をふくむ様々な症状をきたします。精神科以外で相談されることも少なくありません。
うつ病を疑った時は2つの質問をしてみましょう。
気分が落ち込む
楽しめない
どちらも大丈夫なら、うつ病の可能性は低いです。そうでない時は、うつ病や抑うつ状態であることを、より積極的に検討しましょう。