市民オペラに参加するということ 18
〈前回のあらすじ〉スプリングコンサートは合唱団が主催だと言われ、有料のチケットに値する歌に仕上げるようにと言われる。新人は練習しておきたい歌はないかと聞かれた。
新人の音楽高校生も私も、練習したい曲のリクエストを出さなかったので、他の人がリクエストした「カルメン」の「ハバネラ」から練習が始まる。この曲は私にとって最も練習が不要な歌だ。なぜならこの団体で以前カルメンをやって、この歌がいちばん完璧に歌えるからだ。むろん好きな曲なので歌ってもいいのだが、できれば他の曲をやりたい。しかもこの曲をやりたいとリクエストしたのが、アルトのパートの人だったので、アルトパートの練習が中心になり、ソプラノにはなかなか出番が回ってこない。テノールのパートを一緒に歌うことになっているアルトの音は、確かに難しく、練習が必要なことは側で聞いていてわかったが、合唱の練習というのは、どこかのパートだけを集中的にやると、待っている他のパートの人たちは退屈するので、なかなか難しいものだな、と私は思う。ハバネラをやっただけで前半の時間が終わってしまって、休憩に入る。
私はすかさず先生のところに駆け寄って、「私、以前在籍していた時には、名曲集の楽譜は持っていなかったので、この中の曲をやるのは初めてなんです。特に、オレンジの花香り、に至っては、まだ全部で2回しか練習したことがありません。ですからぜひこれをやっていただきたいです」と直訴したところ、後半は「カヴァレリア・ルスティカーナ」の中の「オレンジの花香り」をやることになった。
ところが初っ端からどこを歌うかわからず、Ah〜と歌い出すところを、私は出損ねた。しかもそこは一度しか練習しなかったため、結局私はマスターできぬまま終わった。まあ仕方ない。次に練習した時こそは歌えるようにしよう。
歌詞のある本編に入ると、そんなに難しくないのでなんとか付いていく。すると先生はいきなり難題を突きつける。「ここは歌詞も簡単だから、ここだけは歌詞を覚えて暗譜で歌ってみましょう。楽しそうに少し歩きながら」とおっしゃったのだった。私は「は〜?」と言いたくなる。私はまだこの歌が歌えないからやってほしいと申し出たのに、いきなり暗譜ですか?? そのような要求には応えられないので、私はなるべく楽譜を見ないようにはしながらも、片手に楽譜を持って、ささやかに歩きながら歌う。でも他のメンバーは全員、先生の指示通り楽譜を見ずにちゃんと歩きながら歌っていた。すごい。まあ私はみそっかすみたいなものだから、仕方ないよね、と一人で納得する。
続く箇所は、パートごとに分かれて練習する。すると私は、実はリズムを間違えて歌っていたことに気づく。急いでこっそり治す。その後も、中間部のCメロみたいな箇所があって、そこもよくわからないし、そもそも間奏明けの入り方さえわからない。しかし先生はそれを察したのか、入り方のコツを指導してくれ、ようやく入り方をマスターした。すると、続く部分もなんとなく歌えるようになる。先生は、「これでこの曲はもうバッチリね」と私のほうを見ておっしゃるが、バッチリでもなんでもない。むしろ自分が思っていた以上に歌えてなかったことがわかったくらいだ。でも、歌えないことを知ることも進歩だ。
帰り道、私は「オレンジの花香り」を小さな声で歌いながら駅に向かった。さっきは楽譜が外せなかったが、今度は一人なので間違えても構わない。暗譜を試みた成果があって、覚えた歌詞を楽譜なしで歌う。歩きながら歌うのは、本来とても楽しい行為だ。そしてそもそも音楽は、とても楽しい。夕日の中、私は楽しみながら駅に向かった。