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自分なりに頑張ればそれで良い

 最近、あまりにパイロットらしくない話ばかりなので、今回はパイロットらしい話を。このままだと、ただの馬鹿になってしまう。
 
「よ、よろしゅくおにゃがいします」
 初めての挨拶で、そのコパイは噛んだ。
 ドラマや本ではパイロットはカッコよく描かれる。特に若い副操縦士役は特にそうで、若い男性アイドルが爽やかに演じている。では実際はどうかというと、若い副操縦士はやはり美男子が多いような気がする。彼らの若さに圧倒されているのかしれないが、爽やかで溌剌としていて眩しさを感じるのは確かだ。
 そんな中、そのコパイはそれほどの爽やかな印象は持たなかった。最初の挨拶で噛んだのはともかく、その後もふにゃふにゃ喋る印象だった。ちょっと猫背で、陰気とは言わないまでも要領も悪そうなコパイだった。

  飛行計画を決定したあと僕たちは飛行機に乗り込んで、CAとドリンクサービスできる時間を確認したり揺れの程度の打ち合わせをした後、コックピットに入った。
 飛行機は大空を自由に飛び回るイメージかもしれないが、実は空は過密である。日本の空は特に過密だ。目的地に行くのに飛行計画で細かな経路が決められていて、副操縦士はその決められた飛行経路を飛行機のコンピュータに打ち込むことになっている。
 パイロットは出発前に管制官側と飛行計画の経路が同じであることを確認し、同時に入力間違いがないかコンピューターの経路も確認をする。
 その作業の時に、その副操縦士から質問があった。
 「自分はルートを読み上げる時にCDU(飛行機のコンピューターのこと)の画面を開いてそれを見ながら管制官と確認するのですが、とある機長は『画面を開くな』っておっしゃるんです」
「うん」
 「ルート画面を開かないと、CDUのルートとの確認ができませんよね」
「うん、その通りだね。だからみんなCDUの画面を見ながら確認するよね」
 パイロットの操作には細かい操作要領みたいなのが定められていて、それに従って操作確認することが求められている。でもそれはあくまで基本的にはって話であって、ある程度の範囲で機長の裁量もある。なぜならある瞬間にはマニュアル通りに操作しない方が効率的で安全度が高い時もあるからだ。その話を聞いた時、その機長のやり方が一般的ではないけれども必ずしも操作要領から外れているわけでもないのが感じられた。だから
「一般的な操作ではないけれども、いろんなやり方があるから。その機長のやり方だとこの辺の確認ができないかもしれないと思ったら、副操縦士側でカバーするのも仕事の一つなんじゃないかな」
 と、一般的なことを言っておいた。
 その後、飛行機は離陸し、上昇して、巡航高度に達して水平飛行に入った。
 ほっと一息ついたころに質問が来た
「あの、機長質問なんですけど」
「うん」
「さっきのルートの話なんですが…」
 とルートの確認方法で、さっきとは別の機長に言われたやり方に対して質問をしてきた。
 すごいな、またそれか?こだわるなあ、と思うと同時に、ちょっと面白い副操縦士だな、とも思った。
 
 機長は日々のフライトの中で、副操縦士からいろいろな質問を受ける。新人の頃は何より操縦に目がいきがちで質問も着陸技術に関するものが大半を占めるが、経験を積むにつれ興味の対象や質問する内容が変わってくる。揺れた時にどう高度変更して対処するのか、客室のサービスはどうするかといった運航マネジメントの方向に質問が変わってくるのだ。機長は彼らの技量を見ながら、また質問の内容を聞きながら、「よしよし、やっとここまで気がつくようになったか」なんて思いながらアドバイスするのである。

 彼は業界では「一年生」と言われる新人の副操縦士だった。新人の副操縦士は一般的には着陸が上手くなりたいといった、飛行機の操縦直結した質問がほとんどである。そんな中この副操縦士は、経路の確認方法というあまり他の副操縦士が気にしないようなところを質問した。しかも、その一見地味なポイントにかなり熱心に質問をしてきた。だから面白いと感じてしまったのだ。
 新人の質問としては珍しかったが、彼の気にした確認という行為はフライトの作業の中でとても重要なことだ。安全な運航を目指す中では、一番重要といってもよいくらいだ。着陸が多少下手でドシンとしてしまっても、あるいは揺れない高度を見つけられなくて右往左往しても、快適性には多少の影響があるけれども安全性には問題がない。でも、確認行為を怠ると、途端に飛行機は危なくなる。飛行機はいろいろな制限の中で飛行している。飛行機の性能であったり、地表とぶつからないために、他の飛行機に衝突しないように、様々なことに制限が設けられている。今回のルートの件にしても、もし間違いがあったら当初と違う経路を飛んでしまって大変なことになる。
 
 もう一つ、彼の質問が良かったと思う点があった。副操縦士はいろんな質問を機長にするが、その質問には多少のゴマスリも入っている。本人にとっては本当はそんなに興味のないことなのだけれど、機長のこだわりそうなところをあえて質問したりする。高度選定にこだわる機長だったら「どうしてあの高度を選定したのですか。自分だったらこっちに行ってしまいました。最初からあの高度を選定できたのは、どういう判断からでしょうか」などと質問する。僕にはとても出来ません、機長すごいです的なことを匂わす。質問にはそういうちょっとしたゴマスリも入っていたりする。
 たとえゴマスリが入った質問であっても、いろんな機長のこだわりを聞いて、いろんな飛び方考え方を学ぶことは有効だ。自分の気にしなかったことを機長が気にしているという事は、自分の思考がそこに至らないということだからだ。だからとある機長は「質問を捻り出すのも副操縦士の仕事の一つだ」という人もいた。それも正しいと思う。
 けれども、僕は本人が本当に疑問に思っている質問に答えるのが、一番上達の効果があるのだと思う。本気で質問をするということは、本気で上手くなりたい、向上したいと思っているからだ。その点で彼の質問は良いと思った。彼はずっと悩んでいたことが感じられて、純粋な向上心が質問になった。その純粋さが僕は嬉しかったし、その本気の向上心を大切にしたいと思った。
 実際、彼の副操縦士としての仕事ぶりは、丁寧でしっかり確認しようとする意思が感じられた仕事ぶりだった。あまり熱心に確認しようとするあまり、テンポが遅れたりしてやりにくい部分もあったが、それも彼の個性かと感じられて頼もしかった。不器用でもこのままこの熱心さがあれば伸びていけるのではないか、と思ったのである。
 次の日は、操縦をしてもらった。案の定というか不器用なフライトで、ガチガチのまるで融通の効かないフライトだった。だから何度もこちらから指示を出して、彼のフライトを修正する必要があった。パイロットは機転が効いて臨機応変に対応することが求められている。その点では、彼はまだまだだ。でも、自分なりに疑問を持ってフライトに取り組むのは素晴らしいことだと思った。やる気もあって自分なりに考えて一生懸命であった。あとあといろんなことを学ばなくてはいけないかもしれないけど、今はこれで十分だ。

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