過去問と中学受験
長年にわたって、受験対策の指導をしていて感じることは、
「過去問に触れれば触れるほど、講師としての職能力が上がる」
ということです。
今から20年ほど前、生徒数が千人を超える大教室に勤務していた時のことです。いつものように、机の上にドカッと20冊ほど過去問を並べていると、すぐ隣に座っていた副教室長がびっくりしたような顔をして、こう言いました。
「そんなことをしている人を初めて見た。自腹を切って過去問を買いそろえる人なんて見たことがない。」
その発言を聞いて、むしろ、こちらの方がびっくりしました。
当時から、過去問を買いそろえて問題を研究することが当たり前だと考えていたので、「過去問研究もしないで、一体何が教えられるのか。それでもプロか」と思ったからです。
どこの塾でも、過去問について指導することに関しては、とても消極的です。まるで、自分たちの塾教材をやれば完璧だと言わんばかりの勢いです。
ある大手塾の教室では、「6年生の11月まで過去問を解くな!」と指導しているという話を、自分が担当していた生徒から聞いたこともあります。
多くの受験生を相手にしている塾の授業では、全ての受験校について、個々の特徴まで考慮して細かく対応することができません。
そのため、当然のこととして、どの学校でも通用する「共通項」を教えることになります。どうしても総花的となってしまうことから、焦点がぼやけて機能的な対策ができなくなります。
ある大手の塾では、扱う教材の豊富さを誇っているのですが、よく内容を見てみると、30年~40年前の古い入試問題であることも多いです。30年も前の内容を、現在でも変わらず指導しているのです。
当然、その教材で余り扱われない問題については、生徒たちは解答することができません。それが、そのまま生徒の弱点となってしまいます。
「どこの塾で勉強すると、どこが弱点になるのか」という傾向を把握しているため、指導する生徒には、必ず、どこの塾や予備校に行っていたのか聞くようにしています。
そのような塾ごとの傾向は、ここ30年、全く変わっていません。
このことからも、塾教材の中身が更新されていないことがわかるでしょう。
国家試験などを受けようとした人であれば知っていることですが、過去問学習は重要な対策です。どの教材にも、過去問が多く掲載されています。
ところが、中学受験・高校受験・大学受験といった世界では、驚くほど過去問は軽視されています。
大学受験用のテキストでさえ、過去問に触れているものは、ごくわずかというのが実情なのです。
書店に並んでいるテキストを見ても、「どうやってやるのか」というハウツーものばかりです。受験では、お手軽に解法だけを示すゲームの攻略本のようなテキストでは歯が立ちません。
特に、塾に通っている大半の生徒が苦手としている「算数の図形」では、「どう見るのか」という「ものの見方」が大切なのですが、この点について書かれているものは、お手軽系のテキストの中には、ほとんど見当たりません。むしろ、「自由自在」や「応用自在」といった一般的なテキストの方が、はるかに役に立つでしょう。「合同と相似の違い」や三角形や四角形の「定義」などについて、きちんと書かれているからです。
6年生は、12月~2月に行われる受験を過ぎると、中学生の学習が始まります。そこでは、文字式や方程式の学習が必要となります。
数学は、算数の延長ではありません。「定義」の学問です。
「点とは何ぞや」「線とは何ぞや」というところから、言葉できっちりと定義できるように指導していかないと、数学が出来るようにはなりません。
その定義を前提として、プロセスの正しさを証明・検証していくという「実証的態度」が、数学では求められるからです。
『フェルマーの最終定理』のように、結果はある程度分かっていても、プロセスの正しさを証明するために何十年もかかるということは、数学の世界ではよくあることです。
プロセスの正しさが証明できない限り、たとえ結果が同じであっても、それは単なる「偶然の一致」に過ぎないとされてしまうのが、数学だからです。この算数と数学の違いは、中1の最初の段階で理解できるように指導していく必要があります。
ましてや、有名難関中学を受験するのであれば、この定義を大切にする論理的思考に、小学生のうちから慣れておくことが重要となります。
そのような難関校で出題される算数には、小4~小6までの知識(特に定義)を使って解くことが求められるものが多くみられるからです。
そのような難関校の問題を見ると、出題する学校側が、数学的(論理的)な思考ができる生徒を集めようとしていることがわかります。
このような算数の出題傾向も、過去問を研究していないと把握することはできません。
志望校に合格するためには、まず、その学校が「どのような生徒を求めているのか」を過去に出された問題から分析することが重要なのです。
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