#この街が好き
今日はこんなタグがあったので。今回はこの題材で。
地域おこし協力隊も2年目にもなりましたし、
着任してそして大戸地区に行かせていただき、大戸地区が大好きになりましたので、今日はこのタグで僕が大戸地区で好きなところをお話ししたいと思います。
東京から会津に移住。そして、初出勤。
僕は芸人として12年目に差し掛かった時に会津に戻ろうと決めました。芸人という職業を会津のために使いたかった。そして芸人としてもっと地域に根付きたかったんです。だから帰ってきました。
そして僕が東京での生活を捨て会津に戻ってきたのが、ちょうど一年前。
本当にギリギリまで東京に居たくて、3月28日くらいまで居たかなぁと思います。ダンボールに本当に使うものだけ詰めたのを覚えております。
そして初出社の4月1日。あの時は緊張したのを覚えています。会津若松市役所はまだ旧庁舎だった。(今は改装中ですよ。笑)
ちゃんと入ったこともないし、入ってもどこに行ったらいいのかわからないし。なんか『登ったら痩せますよ』というのが階段にあってなんか『何言ってんねん。』とつっこんだのも覚えてます。
ついたら挨拶回り。いろんな人に挨拶しました。そして着席。そしていろんな説明を聞きました。パソコンの使い勝手とか。
そうして11時くらいに終わって。天井見てたらお昼になったことを覚えてます。お昼になったら、近くの吉野家(田舎なのに近くに近代的なお店があった)があり。そこに行って牛丼を食べて、また仕事。
午後は市長から委嘱状を受け取るということで、雑誌等の取材とか入っていただきました。
※これ聞いてないんですよね。来て『今から市長と〇〇してください!』とか『取材入ります!』とか聞かされて。
これも記事にもしておりました。これも見てくださいませ。
トップ画は『聞いてないよーー』って内心思っています。
そのあとはやることわからなくて、また天井見てたら1日が終わりました。これが続くのかと思ったらゾッとしたなぁ。笑
そんなこんな毎日を過ごしていたらすぐに大戸地区の住民の方々とお会いすることになりました。
そんなこんな毎日を過ごしていたら、すぐに住民の方々にお会いすることになりました。
なんだっけなぁ。多分会計監査で大戸公民館に行ったんだったなぁ。
と思っていたら記事にしていました。
※よかったら下記参照してくださいませ。
これ会計監査って言って、ちゃんとお金を使っているかという確認と役員会があったんだった。緊張したなぁ。。。
芸人ってバカにされることがある。これ本当ですし、やっている方とかならわかる!!ってなることだと思うのですが、『芸人ってしっかりしてないんでしょ?』とか『なんか舐めているんでしょ?』とか言われたりそう思っている節を感じる。(本当に悔しいんですよね。)
だから『舐められないように!』と思って行くんだけど、行ってみたら全然違くて『大戸地区を盛り上げてくれるんでしょ?ありがとう。』
この精神なんだよね。普通さ余所者がきたら『余所者感』が出て置いてけぼり感あるよね。そんなものが微塵もなかったんだよね。
そんなフレンドリー感ありますか?『会津の人は人見知りが多くてそこまで近づくまで時間がかかる』ってよく言うんだけどそれがなかったんだよね。
そんな地域どこ探してもないよね。だから嬉しかったし、すぐに好きになったし、『この地域のためにガンバろう!』ってすぐに思えたんだ。
大戸という言葉は知っていたけど、、、
僕は会津若松市出身。だから大戸という言葉は知っていた。中学校の野球部の時、大戸中学校の野球部あったから知っていたんだ。
けど行ったことなかったし、あと今では『牛乳屋食堂』よく行くけど、名前は知っているけど、行ったことなかったし、大戸にあるなんて知らなかった(知っているふりを最初してました。笑)。
僕は本当に何にも知らなかったんだ。
この会合が終わった次の日から僕は大戸を調べまくったんだ。
あの衝撃の会合が終わってから。僕はまずは大戸を知ろうと思い、インターネットで調べまくった。どういう地名があって、どういう歴史があって、名所はこれで、、みたいな。
これがとりあえず僕の仕事になりました。
そうしたらもっと好きが増えました。
調べていくともっと好きが増えました。人も好き。名所も好き。
『こんなにいいところなんだ』って思いました。だからこれは僕が頑張らないとという使命ができました。
※一年間で撮った写真載せますね。
こんなに素晴らしいからこそ2年目も頑張ります。
みんなが大好きだからもっと頑張ります。
大戸地区の皆様は僕をもっと好きにさせて下さい。
僕はすぐ好きになるから大丈夫ですよ。笑
なんて。笑
これからもよろしくお願いいたします。
地域おこし協力隊 馬場啓太