第13話 君は狂人になれるのか
日本最大のB2Bサイトを目指して出航した矢先に、大海原で羅針盤が故障してしまったProTrade号。景気の「なめらかな下り坂」のもと、奮闘は続いていきます。
足もとの、新規登録はぼちぼち、取引成約もぼちぼち。なんというか、ブレークしない売れない漫画家状態でした。毎日のように「いきなりバズって大化けしますように」と祈っていたと思います。
さて、8月末。いよいよガソリン(運転資金)が足りなくなってきました。
当時の僕のメモには、メンバーとの個別ミーティングのメモが残っています。どうやって当面を乗り切るか。他の事業に変えるのか、別の会社と一緒にやるのか。という類の話だったのでしょう。こんな各メンバーのコメントが順番に残されていました。
A君「プロトレード の可能性をまだ捨てたくない。やる気はまだある。」
B君「別の事業に変えるのは反対。多分それなら辞める」
C君「今のメンバーでやることが自分には重要」
D君「このままだと、やったことにはならない」
メモの後を締めるように、そこには、決意じみた、僕の一言が書かれていました。
9月までと区切って、それまで頑張るしかない。
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OKウェイブという、Q&Aサイトを運営されていた兼元社長とお会いしたのは、この頃でした。浅黒い肌にギラギラした目つきが印象的で、新宿御苑の近くの、雑居ビルのオフィスにお邪魔しました。丁寧な言葉使いをされる、素晴らしく謙虚な方でした。
こんなことを言われたことを覚えています。
僕はですね、その辺のネットベンチャーの経営者とは、覚悟が違うと思うんですよ。
世界を平和にすることが僕のミッションです。それを実現するためには、なんだってします。自分の身体を、喜んで差し出します。
全ての人生を賭けてやっているんです。
兼元社長の生い立ちから創業までのストーリーは強烈すぎるので、詳しくはこちらで確認をしていただければと思いますが、相当な時間をかけてランチを食べながら、半生を、とうとうと語って頂きました。
オノさん、代表印と銀行印はね、何があったとしても、他の誰にも触らせたらダメです。
僕は経理担当に全資金を持ち逃げされて、破産しかけたことがあるんです。銀行は地の果てまで追いかけてきますよ。
人は、人を信じられるんでしょうか。信じていいんでしょうか。私には、わかりません。それでも、僕は経営者をやるんです。それしか自分が生きてゆく理由は、考えられないんです。
センター街でゲームしながら時間を潰していた、半引きこもりな僕にとっては、目の前の兼元さんが全身全霊で伝えてくる、この苛烈な世の中の現実と、生きていくことの厳しさとを、咀嚼するのに苦労をしていました。
経営者って、こんなに、生き死にをかける仕事だったのか。
俺は、人生をかけてこの事業をやり続けたいのだろうか。
疑問はメリーゴーランドのようにぐるんぐるん回り始め、しまいにはもう、頭の中で処理ができないというか。完全なるオーバーフローが起きてしまいました。
この頃を契機に、僕は、こんな確信じみた思いを持つようになります。
本物の経営者。一流の経営者。そんなものを目指すのは、俺には無理だ。
孫さんを見てみろ。永守さんを見てみろ。みんな死に物狂いで狂人のように事業に向かっているじゃないか。
あのレベルを、目指すもんじゃない。物凄い強烈なカルマを持って生まれて、劣等感や不遇を、前向きなエネルギーに変換できる、特別な一握りの人間が、とんでもない努力をしてやっと成功する世界なんだ。
俺はなんとも残念だ。全く平々凡々としているじゃないか。生まれも育ちも普通。もうちょっと背が高ければとか、もうちょっとイケメンだったらとか。そんな軽い劣等感なんて、お話にならない。
何か雷に打たれたような体験があるわけでもない。
世の中のためにはこの事業が必要だ。俺がやらなければ誰がやるんだ。という確信があるわけでもない。残念でならない。
Who are you?
流行りに乗って起業して、社長風情をファッションのように着こなして。ゲームをしているようなもんじゃないか。
Why are you here?
ポエムですみません。でも、まさに、感覚としては、こんな感じでした。厳しく内面をえぐられると、人間、何かの、ポエマースイッチが入るのかもしれません。
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また、根津美術館の近くで、お茶をしていました。時々お会いさせていただいていた、年齢が1つ上のアットコスメ、吉松社長とでした。
兼元さんとの出会いの衝撃と、それによる打撃というか、自信喪失を、吉松さんに愚痴ていました。そこで彼から、大きな転機となる一言をいただいたのです。
俺たち、人からお金をもう、引っ張ってきたよね。
辛いけど、もう、やめられないんだよ。投資家にリターンを出すか、最低でも、簿価をお返しするかしかない。立ち止まるとか、引き返すとか、もう、選択肢は、ないんだ。
僕だって、死ぬほどコスメが好きなわけ、ないさ。この事業に心中する気持ちも、ないさ。物凄い原体験も、ないさ。
でもね、はじめてしまったんだよ。それが全てなんだよ。
進みが遅いVCからの資金調達とは別に、もう一つの選択肢が頭によぎりました。あることを試してみる案が、自分の中で芽生えはじめたのです。
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